11.私がいやだったんです!

「てめぇら、人の妹泣かせといて覚悟はできてんだろうな」


 ふしゅうと口から煙を吐いて瞳を光らせる幻覚が見えそうな勢いのアッシュに凄まれて、青年たちは口をパクパクさせて震える。


「リーゼちゃん大丈夫!? 何かされた!?」


 涙に濡れるリーゼの瞳に顔色を変えるレオを見上げて、リーゼはポカンと口を開けた。


 はぁはぁと肩で息をするレオに触れられた肩からは徐々に安心が広がるのを感じて、リーゼは自身が思っていたよりも緊張していたことに気づく。


「歯ぁ食いしばっとけよ……!」


「まっ、待て待て待てっ!! 俺たちは何もしてない! なっ!? そうだろリーゼちゃんっ!?」


 言うが否やぐっと拳を握るアッシュに、青年たちが慌てたように弁解をする。


「……ホントかよ?」


「え、あ、はい。な、何かをされたと言う訳ではない……んですが……っ」


「リーゼ様っ!!」


 少し遅れて、助けを呼びに行ってくれた侍女とクリスティーナ、他数名が現れる。


「ほらなっ!! 濡れ衣だぞ! この落とし前はどうしてつけてくれるんだっ!?」


 言うが否やはははっと勝ち誇った笑いをする茶髪の青年の後ろ。クリスティーナの横でボソリと侍女が呟く。


「凄まれました」


 変な沈黙の中侍女を振り返っている青年たちの横、レオの腕の中でリーゼも呟く。


「身体をベタベタと触られました」


「ほぉう……っ??」


「ちょっ! カーネル伯爵令息だって彼女に触れているじゃないかっ!?」


 未だに往生際悪く騒ぐ茶髪の青年に、クリスティーナがため息を吐いて口を開く。


「女性2人を怯えさせているんだ。今ならまぁ大目の配慮をしてやるが、私の開催した狩猟大会でそれ以上騒ぐのならーーわかっているだろうな」


 眼光鋭くかけられた言葉に縮み上がった青年たちは、しゅんとなって一目散に走り去る。


「……リーゼちゃん、本当に何もない? 何もないならいいけれど、どうして泣いているの?」


 レオに優しく問われて、全て自分のわがままから始まったことに申し訳なさ過ぎてリーゼは項垂れる。


「ご、ごめんなさい、違うんです。あの、これは、そうではなくて……っ」


 あわあわと考えるのに思考がまとまらずに更に混乱していく。


「レオ様がアッシュお兄様以外の女性に触れているのを見ていられなくて……っ!!」


 思い切りよく発したリーゼの言葉に、長い長い長ーい沈黙がその場に降りる。


「ーーーーあ?」


 最初に声を漏らしたのは怪訝そうな顔をしたアッシュだった。レオは感情の見えぬ微笑でリーゼを見下ろしている。


「ん? ロッテ伯爵令息、貴殿は女性だったのか?」


「そんな訳ないでしょうっ!?」


 真顔で事実確認に臨むクリスティーナに、思わず突っ込むアッシュ。


「ち、ちょっと待て! 今のはいったいどう言う意味だ……っ!?」


 聞きたくないけれど聞かずにはいられないアッシュが、ゾワゾワと震えながらリーゼへと尋ねる。その腕にはすでに何かを察知した鳥肌がボツボツと浮き立っていた。


「お2人の恋仲を応援しようと思いながら、いざ女性に囲まれているレオ様を見ると胸がモヤモヤ苦しくなって……実の兄を裏切るなんてひどい裏切りです。お2人に合わせる顔もありません……っ」


「いや、そうじゃなくて……っ」


「……リーゼちゃん、僕と誰のことを応援しているのかな?」


 ブルブルと白目を剥きそうな勢いのアッシュを放置して、レオがリーゼの目線に合わせてゆっくりと尋ねる。


「……アッシュお兄様です……っ」


「うっ」


 げえええぇっ!!! と勢いよくのたうち回るアッシュを横目に、レオがハァと困った顔でため息をついた。


「リーゼちゃん。僕が他の女性に触れると嫌だと思うのは、アッシュへの裏切りだと思うから?」


「………………そう……だったら良かったんですが……っ」


「…………じゃぁ、どうして?」


 リーゼの瞳からポロリと涙が溢れる。


「レオ様の隣にいたアッシュお兄様のこと、全然見えてなかったんです……っ! アッシュお兄様を心配するどころか、アッシュお兄様のことそっちのけで、私っ、レオ様の瞳に他の女性が映ることばっかりっ、気になってしまって……っ!!」


「いやもういい加減俺の事は忘れてくれっ!?」


「あっはっはっはっはっ!!」


 ひいいいいっと全身ボツボツだらけで悲痛な悲鳴を上げるアッシュに、口を押さえて笑いを堪える侍女。遂には堪えられなくなったらしいクリスティーナが腹を抱えて高らかに笑い出す。


「……リーゼちゃん、ごめん。ちょっとこうなった一因は僕が悪ノリしたせいは否めないんだけど、一回アッシュのことは忘れてくれる?」


「へ?」


 ちょっとばかし疲れた顔をしたレオは、リーゼの肩に両手を置いて項垂れる。


「僕が他の女性と一緒にいるのがいやだと思ったの?」


「…………はい」


「……じゃぁ、もしいやだったら、張り倒して?」


「へっ?」


 言うが否や、レオにそっと抱きしめられる。


「ほんっとに心配したーー」


「レ、レオ様っ! お兄様が見ていますっ!!」


「お前もいい加減しつこいんだよっ!!」


 目を吊り上げたアッシュの怒声が、森に鳴り響いたーー。

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