10.私って性根が腐っているかもしれません。。

「カーネル伯爵令息にロッテ伯爵令息の狩りの腕前は相変わらず素晴らしいな」


「いえいえ、クリスティーナ侯爵令嬢には敵いませんよ」


「先ほどのキジは見事なお手前でした」


「私は真剣勝負がしたいんだ。手を抜いたら許さんからな」


 そんな会話を馬上で和気あいあいとしながら、野うさぎやキジなど仕留めた獲物を持ち帰る3人を、リーゼは半ば魂が抜けたような顔で木陰から眺めていた。


 見れば見るほど非の打ち所がない完璧で快活で美しいスーパーレディ。そして何より、リーゼを含めたその他山のような令嬢たちとは一線を画すその存在感。


 まるで物語から抜け出て来たような特別さを持ち得るその様に憧れを抱く一方で、クリスティーナの存在はリーゼの胸中を執拗に掻き回していた。


 レオと並び立ち笑い合うその姿は親密そうで、クリスティーナの背に回すレオの腕にリーゼの胸は何故か痛み、目を逸らしたい衝動に駆られる。


 どこからどう見ても1枚の絵画のように絵になる2人。そんな姿をこれ以上見たくなくて、いけないとわかっていながらそっとその場を立ち上がった。


「リーゼ様……」


 心配そうな顔で付いてくる侍女は仕事だとわかっているのに、自身の中で消化できないモヤモヤの落とし所がなくて、1人にして欲しくてイライラを当てないように、無言でいるだけで精一杯だった。


ーー私、最低だわ。アッシュお兄様を応援するなんて都合のいいことを言っておいて、この有り様はなに? 何を1人で勝手にイライラして、モヤモヤしてーー……


「リーゼ様、これ以上は……っ!!」


 適当に森の中を突き進んでいたリーゼの前に回り込んだ侍女は、ハッとして口を噤む。


 唇を噛んですんでの所で堪えていた大粒の涙が、ボロリとリーゼの碧い瞳から溢れ落ちた。


 一度涙の道ができてしまえばあとはもう止めようがなく、次から次へとその頬と顎を涙が伝い落ちる。


「リーゼ様……っ」


「ーー……私、自分がこんなに性根が腐っているとは思いませんでした……っ」


「そんなことありませんよ……っ!」


 リーゼがぐすりと鼻を啜り上げた所でガサリと草木が揺れる音がして、2人はハッとして顔を上げる。


「あれあれ? キジを探していたら、仔猫ちゃんがいるじゃん」


「え、マジ? あ、あの可愛い子じゃん」


「あれあれ、泣いてる? どうしたの? お兄さんたちがお話し聞いてあげようか?」


 明らかに取り込み中の令嬢に対して、ガサガサと草木を掻き分けながら無遠慮に近づいてくる3人の貴族令息たちに、侍女が顔色を変えた。


「お嬢様は現在体調が悪くーーっ!」


「……何だよ、別にお話ししたいだけで何もしてねぇだろ? 侍女の分際で俺たちに話しかけていいとでも思ってんのかよ。ーーそれとも、お前が相手して欲しいって?」


 年若い侍女を睨み下ろして、ボソボソとした声音ではあるも明らかに不穏な空気を漂わせる茶髪の青年に、侍女の血の気が引いた。


「失礼をいたしました。侍女は私を心配するあまり焦ってしまったんだと思います。私も皆さまとお話ししたいと思っていたので、お誘い頂き嬉しいです」


「ーーへぇ、それは嬉しいなぁ」


「悪いけど、喉が渇いてしまったから飲み物をお願いできるかしら」


 そう言って顔面蒼白な侍女に目配せするリーゼに、返事と共に侍女が一目散に走り出す。


 行手を阻まれるかと心配していた侍女は無事に走り去ったので、リーゼはひとまずホッと胸を撫で下ろした。


 他貴族の使用人にはよほど手を出さないだろうとは思いながらも、皆が皆常識で測れる者ばかりでもない。


「んで、何で泣いてたの? かわいこちゃん」


 どうやらこの集団のリーダー格らしき茶髪の青年は、そう言って無遠慮にリーゼとの距離を詰めると、その細い腰に手を回してリーゼを誘導する。


「少し目に埃が入っただけです。ご心配ありがとうございます」


「ねぇねぇ、名前は?」


「リーゼ・ロッテと申します。兄はアッシュ・ロッテです」


「あぁ、どうりでどこかで見たことがある顔だと思ったよ。お兄さんと良く似てるね」


 一見すると和やかな会話であるものの、腕や腰、肩や背中にベタベタと触られる感触に、リーゼはその手を振り払いたい衝動を必死に堪えていた。


ーーレオ様には一度だってこんな触られ方されたことないのにーー。


 気持ち悪い。気持ち悪い。きもちわるい。キモチワルイ。


「ーーあの、なぜこんなにも私の身体に触れるのですか?」


「え?」


 ド直球のリーゼの質問に青年たちは束の間目を丸くするも、それも長くは続かない。


「えー? 身体の距離が心の距離とか言うじゃん? リーゼちゃんと仲良くなりたいからだよ。どうでも良い女なんて、男は触りたいとも思わないさ」


「……触りたい……とも……」


 互いに夜着でベッドの上にいても何もない。一方で、白昼堂々と皆の前でクリスティーナの背中に回されたレオの腕。


「だめ、またへこんできた……っ」


 うっと顔を覆うリーゼに顔を見合わせた青年たちは、ニヤリと笑うとその腰を引き寄せる。


「お兄さんたちが優しくゆっくり聞いてあげーー……」


「リーゼちゃんっ!!?」


 バッと茶髪の青年を引き剥がすようにして現れた聞き慣れた声に、身体を後ろから抱かれてリーゼはゆっくりと顔を上げる。


 突然の乱入者に何事か言いかけた青年たちは、次いでガサガサっと草木を揺らして勢いよく飛びかかって来た黒い影に、目を点にしたーー。

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