9.やっぱり2人はモテますね!?

「レオ様ぁ!!!」


「アッシュ様ぁ!!」


「……………………」


 黄色い嬌声と目が眩むほどの華やかな色とりどりのドレス。ついでにその他令息たちの嫉妬の視線に纏わりつかれながら、その姿も見えなくなる2人をリーゼは1人呆気に取られて遠くから眺める。


 昨夜の事件から大した言い訳もできぬまま、猫でも摘み出すようにアッシュの自室を追い出されたリーゼは、「親父命令だ。明日は早く起きとけ、馬鹿妹」と捨て台詞のように伝えられた言葉通りに朝から狩猟場に連れ出されていた。


 天候はすこぶる快晴で絶好の狩猟日和ではあるも、いかんせん状況についていけなさ過ぎている。


「き、聞いてないんですけど、なぜ私はこんな所に……?」


 えぇ……? とついて来てくれている屋敷の侍女に助けを求めるも、苦笑した面持ちで躱される。


 朝から不機嫌そうなアッシュから聞き出した少ない情報によると、そもそも昨夜レオが屋敷に泊まったのも、今日ここで開催される貴族学校による狩猟大会に参加することに都合が良いため。いわゆる前乗りというやつだったらしい。


 そして渦中の2人は現地に着くやいなや冒頭の状況。あっという間に怒涛の人込みから弾き出されたリーゼは、昔の記憶に輪をかけてどえらい人気となっている身近な人間の様に空いた口が塞がらなかった。


 現実問題としていつ奥方を迎え入れてもおかしくない年齢の2人に、一矢でも食い込もうとする令嬢たちの熱量の凄まじさには尊敬を通り越して畏怖すらも覚える。


「カーネル伯爵令息、ロッテ伯爵令息」


 そんなカオスな状況で、よく通る涼やかな声がリーゼの背後からその場に響く。


 ハッとした人だかりがまるでモーゼの十戒の如く分断されると、リーゼの目の前に現れた道の先には久方ぶりによく見る2人の姿が映った。


 その気配に思わず振り返るリーゼの視線とすれ違うように、苛烈な赤がその視界を覆う。


「クリスティーナ・エルベ侯爵令嬢。貴族学校の出資貴族のお一人で、そこのご令嬢になります。つまりは本日の主催ですね」


 ボソボソと情報を耳打ちしてくれる侍女にお礼を言いながらも、リーゼはその後ろ姿から瞳を逸せない。


「皆様、ご機嫌よう。お二人は相変わらずの人気で、どこにいようとも直ぐにわかって便利だな。普段の制服姿も美しいが、狩猟服もとてもよく似合う。今日は一緒に回る約束、問題ないか?」


「ご機嫌麗しゅう、クリスティーナ・エルベ侯爵令嬢。本日も変わらずお美しい」


「私たちでよろしければ、どうぞご同行させて下さい」


 赤い巻き毛に勝気な赤い瞳を彩るのは陶器のように白い肌と赤い唇。美しい美貌と細身のグラマラスな身体を狩猟服に包み、大人の色香を漂わせたクリスティーナは人を従えて艶やかに微笑む。


 慣れた様子の普段通りのレオに対して、アッシュはぺたりと愛想をその顔に貼り付けて笑顔で返す。


「今日を楽しみにしていた。よろしく頼もう」


「ご期待に添えるように努めさせて頂きます」


 ぺこりと礼をする2人を満足げに眺めたクリスティーナは踵を返すと、未だ割れた道を引き返す。そしてその先でぼんやりとその情景を眺め立っていたリーゼの存在に目を留めた。


「ん、令嬢はーー」


「あ、お、お初にお目にかかります。あちらにおりますアッシュ・ロッテの妹、リーゼ・ロッテと申します。ご挨拶が遅くなり申し訳ございません」


 ぺこりと貴族式の礼をとるリーゼを見下ろして、クリスティーナはにこりと微笑んだ。


「ロッテ伯爵令息の妹君だったか。顔立ちがそっくりなのですぐにわかったよ。本当にロッテ伯爵令息にそっくりだ。どうぞ本日は楽しんで。ーーただし、飢えた狼には気をつけて」


 ふっと冗談めかして笑うクリスティーナは、同性のリーゼから見ても目を見張るほどに美しい。


「あ、はいっ、ありがとうございます……っ」


 頭を下げたまま、リーゼはドキドキとしながらクリスティーナが通り過ぎる気配を待つ。


「ーーなんて綺麗で素敵な人……っ」


 リーゼは思わずとその凛々しい後ろ姿を追いかける。


 侯爵と言うことはアッシュやレオよりも階級は上であり、公爵位に次ぐ爵位を持つ上にあの美貌と雰囲気を兼ね備えた女性。


 それに加えて、2人へのどことなく近しい態度を思い出す。


ーーあ、あんな方がいらっしゃるなんて、すごい強敵な予感がしますが、それでも私はお兄様を応援しますから安心して下さいね……っ!!


 相変わらずと囲まれている2人の姿を遠目に眺めて、リーゼは1人エールを送る。


 その一方で、カラ元気に晴れない自身の胸の内を形容し難く、リーゼは無意識に唇を引き結んだーー。





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