第40話
リザに頼んでいた買い物を受け取り、さっそくキッチンで料理にとりかかる。昼食と違ってゆっくり作れる。こういう時間が欲しかったのだ。
「悪夢混ぜないでね?」
「安心してくれ」
処理を済ませて一口大に切り分けた鶏肉に、塩、コショウ、それから小麦粉をまぶしていく。温めたフライパンにオリーブオイルをひいて鶏肉を入れると、食欲をそそるいい音がした。
鶏肉を炒めていたら、クーアを思い出した。
今頃どこかで、温かい食事を口にできているだろうか。越冬に使える魔法を覚えたという話を手紙に書いてこない彼女は、暖かい場所で夜を過ごせているのだろうか。
クーアと出会って初めての冬だ。彼女が無事であるか気になって仕方なかった。
「……ってば、ねえ、エルってば。おーい」
「ん? すまん。どうした?」
リザの声に呼び戻される。
料理になにかあったのかと手元を見るが、無意識に動いていた体はきちんと調理を進めていた。炒めたマッシュルームと鶏肉が浮かぶ生クリームを、ゆっくりかき混ぜている。いつの間にか隣に用意していた鍋では、幅の広いパスタを大量に茹でていた。
「悪魔って、エルが言ってた魔法で捕まえられるの?」
リザは無視されていたのを怒るでもなく、会話を再開してくれた。
「可能だが、私が意識を失えば魔術空間も消える」
「てことは、エルがやられる前にやっちゃえばいいんだ」
「襲われずに済むようにしてくれないか」
痛い思いをするのは嫌だ。
「エルがやられる前に、悪魔を殴って黙らせたらいいんだよね」
「まだ問題はある」
私の言葉に、リザがあからさまにげんなりとした。私だって好きで問題を並べているわけではない。
「問題は、彼らは人間が作った法律におさまるような存在ではないから、公の場に引きずり出して裁けないという点だ。精霊であるあいつらは、元締めの魔王の言葉しか聞かない」
精霊というカテゴリの悪魔は、人間や魔物を見下した態度をとる者もいる。私の記憶の遺産を辿れば悪魔に遭遇したという話がいくつか出てくるが、どれも彼らに対する印象はよくなかった。
「公の場で裁けないってことは、あたしたちが痛い目見せたらいいんだよね?」
「それで引き下がればいいがな」
「そこはほら、エルが魔法でどうにかこうにか。お手軽に痛めつけられるやつないの?」
「私を拷問係のように言わないでくれないか」
パスタをつまんでみると食べ頃だった。湯を切って、皿に盛りつける。
その間にチキンフリカッセもとろみがついたので、火を消してリザの皿に盛る。既に大盛りのパスタのおかげでほとんどスペースがなかったので、見た目が少々あれだがパスタの上からたっぷりかけた。
このまま食事といきたいが、そういうわけにもいかない。フライパンに残ったフリカッセに、悪魔のせいでまだ大量にあるチーズもどきを入れる。フリカッセに合わせにくい独特の匂いだが仕方ない。今日はこれが食べたい気分だったのだ。
それにリザの分を考えると、どうしてもチーズもどきの消費方法より、彼女に腹具合に合わせたメニューになってしまう。
軽く混ぜると、チーズもどきはほかほかのフリカッセにとろけて混ざった。それを自分の皿に盛りつける。
最後にどちらの皿にもコショウを振ったら完成だ。
テーブルに運ぶと、リザの歓声が上がる。私がテーブルにつくのを待って嬉しそうに食べ始めた姿に、クーアが重なった。
もちろんリザもただ食べているわけではない。
「悪魔ってさ、たしか魂を欲しがるんだよね?」
「よく知っているな。そのとおりだ」
褒めれば、リザが少し得意げな顔をした。
「悪夢を見せるのって、やっぱり魂を集めたいからなのかな。まだ誰も死んでないけどさ」
「そうだとしても、疑問は残る。悪魔にとって契約は絶対だ。ワイン一杯だとしても、対価を受け取った以上は契約が成立している。それなのに手紙に書かれていない悪夢を見せるのは、重大な契約違反だ」
「契約違反ねえ」
リザの皿はもう半分が消えていた。リザ、これは飲み物ではないぞ。丸飲みはやめろ。
「まあ、なんでもいいか。捕まえて思い報せればいいんだし」
「きみらしいな」
「そう? なんだか照れるな」
「褒めていないよ」
リザが少しすねたような顔をするが、鶏肉を絡めたパスタを口に運ぶと、すぐににこにこと笑う。美味いならなによりだ。
あっという間に自分の分を食べ終えると、リザがキッチンを見た。
「ねえエル、オーブン借りていい?」
「構わないが、なにをするんだ?」
「アップルパイ温めるの!」
そういえば、アップルパイをホールで買ってくるように伝えていたな。買い出しや情報収集の礼にと帰りに持たせるつもりだったのだが。一応リザの分はかなりの大盛りにしていたのが、満腹にはならなかったようだ。
「エルも食べる?」
「いや、きみが全て食べていいよ」
あのケーキ屋は美味いが、アップルパイだけは食べられない。
あの店のアップルパイには、カスタードが入っている。
バクの魂の味はカスタードだ。死んだ家族の魂を全てひとりで喰らった過去がある私は、カスタードだけはどうしても食べられなかった。
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