第38話

「んふふ、知ってる。それについてはもう対策してるんだ」


 三つ目のサンドイッチを飲み込んでから、リザが自信満々の顔をした。


「あたしたち魔物は、魔法を使って変身しても、本物の人間になれない」


 リザの言うとおり、 魔法で人間に変身できるにはできるが、それはあくまでも外見を真似るだけだ。魂までは変えようがないから、魔物という本質はどうしようもない。


「あの夢屋は、人間が書いた手紙だけを見つけてる。だから、代筆してもらったの」

「代筆?」


 なんだか嫌な予感がする。

 四つ目のサンドイッチに手を伸ばしながら、リザが明るい声を上げた。


「噂を聞いたんだけどね、魔物と人間の異種族婚夫婦でも、例の夢屋って来るんだって。てことはさ、住んでる家じゃなく、書かれた手紙で人間かどうか判別してるって考えられない?」

「面白い案だが、依頼主の特定方法はどう説明するんだ? 物探しの魔法ではカバーしきれない範囲だぞ?」

「それは分からないけど、でも手紙を見つけてるのは確かだよ。だから捕まえられるか試してみようよ。手紙書いてもらったし」

「……誰に手紙を書いてもらったんだ?」

「マルセルさん」

「やめろ」

「えー、なんで? マルセルさんに作戦話したら、喜んで書いてくれたよ」


 リザの悪い癖だ。すぐ先走る。


「マルセルさん、エルのことすっごい心配してたし」

「マルセルになにかあったら、金の小鹿亭で食事ができなくなる。手紙の代筆者の安全が保障できるのが最低限の条件だ」


 金の小鹿亭の料理は、全てマルセルが作っている。彼が命を落とすような事態になれば、あのオニオンスープが二度と食べられない。リザだってパエリアが食べられなくなるのに、なんて作戦を思いつくのだ。


 しかしリザも引き下がらない。


「もしマルセルさんに夢が配達されたら、悪夢になる前にあたしが取り出す。そしたらエルが食べて」

「マルセルはだめだ。万が一のときに守れない」

「でも」

「もっと適任者がいる」


 四つ目のサンドイッチをあっという間に食べ終えて五つ目に手を伸ばしたリザが、不思議そうな顔をした。

 そうか。リザは知らないのか。


「マースルイスの妻だ。彼の妻は、人間だ」


 私との共謀を疑われているマースルイスなら、リザの作戦に協力してくれる。

 それに、マースルイスはハルピュイアだ。リザと同じく好戦的で魔法の心得がある彼ならば、家に侵入してきた夢屋が襲いかかってきたとしても、充分抵抗できる。夢屋は正体不明なので絶対に安全とはいえないが、それでも身を守る術がないエヴァンス夫妻よりはずっとましだ。


「私が手紙を書くから、配達の途中でマースルイスのところに持っていってくれないか」

「わかった」

「それと、ロラッシュ通りにあるケーキ屋でアップルパイを買ってきて欲しい。ホールで二つ。ひとつはマースルイスの店に届けてくれ。彼らとお茶をするのを忘れずにな」


 ただ手紙を届けるだけでは、私とマースルイスの共謀を疑ってくれと言っているようなものだ。大きなアップルパイを手土産にすれば、リザとマースルイスが夢屋同士愚痴を言い合ってティータイムをしているという言い訳ができる。


 アップルパイが食べられるという話に、リザの顔がぱあっと明るくなった。食後はデザートが欲しいと口癖のように言う彼女だ。喜ばないわけがない。


「あとひとつはどこに持っていくの?」

「きみの分だ。私のところに戻ってくるときに持ってきてくれ。それから、市場で鶏もも肉を五枚買ってきて欲しい」


 そう話している間に、リザが五つ目のサンドイッチを平らげる。早い。早過ぎる。ちゃんと噛んでいるのか。私の皿はまだ半分も減っていないぞ。


「ところでリザ、どこのポストを使う気だ?」

「エルの家のポスト。この家で捕まえたら、誰も文句ないでしょ?」


 勝手に私の家を使わないで欲しい。


 そう言いかけて、リザの思惑が分かった。


 今現在、私は完全に犯人扱いされている。そんな私がどこかへ出かけて犯人を捕まえてきたとしても、まず信じてもらえない。疑いの目を逸らす為に犯人をでっち上げたという言いがかりをつけられる。そういう状況だ。

 そんな私の家に犯人が現れたとなれば、話は変わってくる。衛兵は交代で一日中私を見張っているから、他者の出入りは全て把握しているのだ。自分たちが証人なのだから、彼らは私の証言と身の潔白を信じざるを得ない。


 だからリザは、私の家に犯人をおびき寄せ、捕まえようとしている。


「よし、決まり! それでいこう!」


 私の沈黙を肯定と受け取ったリザが、六つ目のサンドイッチを噛みちぎった。

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