第36話

 リザが買い物を手伝ってくれるようになって、三日後。


「ああーもうやだあ!」


 そんな声を上げながら、リザはロッキングチェアをぎいぎい揺らしていた。


 リザが店を訪れたのは、ちょうど昼休みにしようかと思っていたときだった。彼女は夢喰屋に用事があるわけではないので、入り口のドアには『休憩中』の看板をかける。


「毎日毎日なんなのあの衛兵たち! 他にすることないの!」


 リザがヒートアップするほどに、椅子が大きく揺れる。


 キールもリザも、この椅子を揺らすのが好きだ。ハルピュイアの心を刺激するなにかがあるのかもしれない。


 しかし、そう激しく揺らされてはそのうち椅子が壊れてしまう。


 リザがこうして怒っているのは私のせいでもあるので、椅子の扱いは諦めるしかない。それにさすがに壊したら、リザが弁償してくれると思う。


「あたしたちを疑う暇があったら、早くあの夢屋を捕まえてっていうの!」


 私の買い物を手伝うようになったせいで、衛兵たちがリザをマーキングするようになったのだ。毎日リザの店を訪れては、私とどんな関係か、二人でなにをしているのか、などといった質問を何度もされ、配達や買い物に出れば尾行される。そんな状態になっていた。


 短気なリザにそんな真似をすれば、彼女はムキになる。おとなしくしているわけがない。

 そんなわけで、リザは毎日買い物をしてくれるようになっていた。


 今更リザと距離をとったところで、既に充分巻き込んでしまっているから意味がない。どうしようもないので、私は開店と同時にやってくるリザに、買い物メモを渡している。それらが届くのは、昼休みの頃だ。


 もちろんリザが毎日買い物をしてくれるのは、衛兵たちの態度だけが原因ではない。外出できない私に代わって、様々な情報を集めてきてくれている。


「夢屋は捕まえられない、衛兵は無駄な仕事しかしない、その上魔物だけ行動制限! どうなってんのって話!」


 犯人がまったく絞り込めない今、イリュリアはとんでもない状況に陥っていた。


 魔物だけ、イリュリア内外の往来が禁止されたのだ。


 帰省が増える星燈祭の時期に、あまりにも乱暴な方法である。これが続くようであれば、いくら日頃魔物があれこれ我慢しているといっても、限界が訪れる。暴動が起こってもおかしくない。


 もちろんリザやその両親にも、行動制限が与える被害は大きい。リザの店はあちこち巡って夢を採取してくるスタイルの夢屋だ。町の外に出られないと仕入れが滞り、仕事に大きな支障が出る。

 私が望む猫の悪夢だって、イリュリアの中だけで集めるとなれば、いつあの小さなクロスト瓶がいっぱいになるのか分からない。


 噂の夢屋のせいで、なにもかもめちゃくちゃだった。


「一番腹が立つっていえば、あんたの扱い!」

「私か?」

「そう! なによ店の周りの衛兵の数! 完全にエルが犯人だって決めつけてかかってるじゃない!」


 リザの言うとおり、うちの周囲にいる衛兵の数は増えていた。家の裏口まで見張られている。

 そこまで疑われるのならいっそ客を断って全てを衛兵のせいにしてしまいたいが、残念ながらそうはいかない。客が死ねば、私のせいになるのだ。理不尽過ぎる。


 そんな状況でも、私はマースルイスの店への紹介をやめなかった。私の店を利用した客を信頼できる者に託して、なにが悪い。


 ちなみにリザが様子を見てきてくれたところによると、マースルイスも客を受け入れ続けているそうだ。私の店がこんな状況なのだから、マースルイスのところも同じくらい見張られているはずだ。それでも私たちが仕事の手を抜かないのは、もはや意地であった。


「毎日エルを見張り続けてなんになるってのよ! こっちは命懸けで夢喰いして人間助けてるんだから、感謝くらいしなさいよね!」


 リザ、夢喰いをしているのは私だ。


「あんたもたまにはガーッと怒ったらいいのに!」


 そう言われても、私の代わりと言わんばかりに毎日リザが興奮しているので、怒る気が失せる。


「いくら口で言ったところで、どうにもならないものは仕方ない。私を牢屋に入れる口実を与えないようにしつつ、例の夢屋が捕まるまで待つのみだよ」

「あんたはいっつもそう!」

「それよりリザ、今日は昼食を食べていくのか?」

「食べる」


 リザの表情がころりと変わった。食べるのが好きな彼女らしい。

 今日もリザから受け取った買い物の中には、彼女用の食料も入っていた。私の食事はチーズもどき祭りだが、リザの食事まで同じというわけにはいかない。買い出しの礼にと用意する昼食には、彼女が口にできる食料が必要だった。


 リザが私の家で食事をするのは、珍しくない。


 猫の悪夢を配達しに来る父親のあとをついて回っていたリザが、家族が亡くなってひとり暮らしになった私を心配して頻繁に訪れるようになったのがきっかけだった。それなりに風を操れるリザは、私を守ろうとしてくれたのだ。


 たしかにリザは子供にしては魔力が強かったから、強盗が入ったとしても退治できる。


 ……子供だから制御しきれなくて、家を壊しかけたこともあったが。


 私が子供であると舐めてかかる泥棒や強盗は、一応いた。バクは魔法を得意とする種族の上に、豊富な記憶の遺産もある。決して年齢と実力は比例しないのに。

 もちろん防犯用の魔術はあちこちに張り巡らせていたし、店があるのは表通りだ。わいわいやっているうちに、衛兵が駆けつけてきた。


 リザがいてくれて助かった場面はある。そんな関係だったから、リザがうちに来たときは、食事を作っていた。

 今でも時折、配達の時間によってはリザが食事をしていく。よく食べる彼女の食料は、持参してもらっている。子供のうちならまだなんとかなっていたが、成長した今ではリザの食事量もかなり増えた。うちのストックだけでは、キールならまだしも突然現れたリザの胃袋を満たすのは不可能だ。


 現状では、それ以外の意味もある。リザが私のところをすぐに出発したのでは、衛兵に邪推されかねない。そこそこ時間を潰す理由が必要だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る