五章 利益

第34話

「だから、私はこの件とは無関係だと言っている。何度同じ話をさせるんだ」


 いくらバクが温厚な魔物とはいえ、ここまでしつこいと苛立つものだ。それでも感情のままに大声を出すのはみっともないので、なんとかこらえる。


 一方。


「関係ないわけないだろう!」


 開店するなり店にずかずか入って来た衛兵はというと、怒鳴りっぱなしだった。うるさすぎる。そんなに怒鳴らなくても聞こえているのに。

 衛兵は縦にも横にもでかい図体が示しているかのように、態度と声まででかい。そのくせ同じことしか言わないのだから、うんざりする。


 こちらも時間を都合して相手をしているのだから、もう少し実りある会話にして欲しい。


「無関係だというのなら、なぜ客を同じ夢屋に紹介し続けているんだ!」

「きみは医者で紹介状を貰った経験がないのか? 健康でなりよりだな。しかしそんなきみとは違って、私が夢屋に紹介している客は全員死にかけだ。助かる為に、とびきりの夢を詰めて魂を回復させる必要がある。そんな客を最も信頼できる夢屋に紹介してなんの問題があるんだ。むしろ客を思えばこそだよ」


 ティルが私に泣きついてきてから、半月ほどが経過した。初めのうちは、リザのところから紹介された客がぽつぽつ来る程度だった。


 しかし、噂の夢屋に手を出した者が多過ぎた。


 このイリュリアには多くの夢屋がいるが、命を奪いかけているような悪夢を喰らえる者となると、だいぶかぎられてくる。

 しかしその夢喰屋たちで全てをどうにかできるわけではない。技量には差があるから、手に負えない重症者が出てきてしまう。


 そんな最悪の状態の客が、うちに流れてくるようになった。私の店が最後の砦というわけだ。


 おかげで忙しくて仕方ない。


 私がティルの悪夢を取り出したときのように、ひとり相手をするだけでとにかく時間がかかる。だがいくら夢喰いの義務があるとはいえども、私だって永久に働き続けられるわけではない。取り出した後はチーズもどきを喰らわねばならないし、休息も必要だ。


 そうなれば、当然一日に相手できる客の数には上限ができてしまう。


 かぎられた時間の中では、通常の客を相手にするなど無理だ。そういった客は、他の夢屋に回ってもらう。しかしその代わりに、私のもとへは次々に重症者が回されてきた。


 毎日この調子だ。おかげで寝心地にこだわったお気に入りのベッドで朝目覚めても、楽しみにしている猫の悪夢入り紅茶を飲んでいても、「ああ、今日も一日が始まってしまう」と考えてしまって、全然気分が晴れない。


 禁止されている物々交換で、寝ている間に望みの夢を配達する正体不明の夢屋。


 全てはそいつのせいだ。


 ちなみに、被害者には特徴があった。

 リザが言っていたとおり、被害者は全員人間だ。

 取り出す悪夢は全てティルのように匂いの強いチーズもどきばかり。キッチンに匂いがしみついてしまいそうなのが、最近の悩みのひとつになっている。

 問題になっている夢屋は、客の家のポストに入れた手紙を読み、ワインを飲み干している。方法は不明だが、客を選んでいる可能性は大いにあった。


 そんな被害状況なので、衛兵が総出で町中の魔物を調べ始めたというわけだ。


 特に目をつけられているのが、夢喰屋と夢屋らしい。

 結託してたちの悪い悪夢を人間に植えつけ、それを取り出して金を巻き上げ、更に新しい夢をこれでもかと売りつける。

 そうやって暴利をむさぼっているのではないかと疑われているようだ。


 そんなわけで、客に高額の支払いを求めている私は、特に目をつけられている。衛兵曰くイリュリアで最も金額が高いのが、私なんだとか。それだけで疑うなんて乱暴な話だ。

 ちなみに衛兵はマースルイスについても言及しているから、私とマースルイスはコンビのような扱いをされているのだと分かった。


 もちろん私はなにもしていない。


 金の動きだけで見れば馬鹿みたいな儲けではあるが、その分私はどこの夢喰屋よりも危険な悪夢を喰らっている。生活に困窮しているわけでもないのに、なにが悲しくてそんな真似をしなければならないのか。


 金など生活に困らない程度あればいいというのに。


 ああ、あとは猫の悪夢を買えるならそれでいい。


 それから、月に何冊かの本。


 紅茶も欠かせない。


 あれ、意外と欲しいものがあるな。


「この騒ぎで最も大きな利益を得ているのは貴様だ! これほどの証拠がどこにある!」

「こちらも命懸けで客の相手をしているんだ。相応の対価を貰っているだけだよ」

「御託はいいから、いい加減吐かないか!」

「吐くものがないのに、なにをどうやって吐くんだ。脳みそが小さいとそんなことも分からないようだな。かわいそうに」


 怒鳴るしか能のないでかい衛兵と、腕を組んだままの私。

 もうこのやりとりも、今日で一週間だ。

 こちらはネムノキを守る……いや、一応人間をひとりでも多く助ける為に、時間を無駄にできない。それが分かっているはずなのに、衛兵は毎日たっぷり時間をかけて、同じ話ばかりする。もしも例の夢屋のせいで死者が出たら、営業妨害をしている衛兵のせいだ。私は悪くない。


 厄介な客としつこい衛兵のおかげで、毎日に飽き飽きしていた。


 でかい衛兵にくっついてきたマッチ棒みたいにひょろひょろの衛兵はというと、睨み合う私たちを見ながらおろおろしている。


 こいつらが私のところにしつこく来るからには、捜査にはなんの進展もない。


 もし冤罪だろうがなんだろうが証拠のひとつでも上がれば、今頃衛兵たちはドヤ顔で私とマースルイスを連行して、牢屋に入れている。

 それができないからには、疑わしいものはなにも見つかっていない。いくら魔物といっても、イリュリアの住民だ。さすがに確たる証拠がなくては拘束できない。


 つまり私は、人間である衛兵から毎日いちゃもんをつけられているだけだった。


「憶測で私を疑う暇があるのなら、問題の夢屋を早く捕まえてくれないか。こっちは懸けたくもない命を懸けて商売する羽目になっているんだ。心底迷惑しているんだよ。この町の衛兵だというのなら、一分一秒でも早くなんとかしてくれ」

「調査の結果最も怪しい者こそが、おまえたちだ! だからこうして調べている!」

「私やマースルイスの術痕がどこからか出てきたのか? 私たちどころか誰の術痕も出ていないから、こうして毎日私の店で無駄な時間を過ごすほど暇しているんだろうに。無能を晒すのもほどほどにしてくれないか」


 ああ、愚痴が止まらない。


「哀れを通り越して、滑稽だよ」


 愚痴のついでに、小さく笑ってしまった。正直者の私は、己の感情に嘘などつけないのだ。


 でかい衛兵の顔が、見る間に赤くなる。ゆでだこみたいだな。いや、カニか? とりあえず見事なまでに真っ赤だ。


 それに怒りたいのはこちらの方だ。なんの証拠もないのに毎日疑われて、真面目に対応しているというのに怒鳴られる。なんてかわいそうな私。


 そろそろ疲れてきた。いい加減帰って欲しい。もう種族特性を活かして、恐怖のひとつでも植えつけて追い出そうか。しかしそうすれば、反抗的だのなんだのと言いがかりをつけられて、明日以降衛兵が更にやかましくなるのは目に見えている。それだけならいいが、下手をすれば連行するだけの理由を作ってしまう。


 さて、どうやって追い返したものか。


 やかましい衛兵の声を受け流しながら、ぼんやり考えていたときだった。


「まいどー! お届けものでーす!」


 店の入り口のドアが勢いよく開いた。

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