四章 お望みの夢

第24話

 今冬新調した外套の温もりを感じながら、昼前の町へと繰り出す。

 魔法が使える魔物にとって、己の周囲の空気を温めるのは簡単だ。魔法の扱いに長けたバクならば、子供でもできる。もちろん私も使えるのだから、本来ならば防寒具は一切必要ない。

 それでも季節に合わせた装いをする理由はひとつ。


 気分だ。


 もちろんあまりにも寒い場合やお手軽に温まりたいときは、魔法に頼る。つまらない我慢はしたくない。


 それでも人里で暮らす魔物は、季節に合わせた服装をする者が多い。

 魔法が使えない人間は、季節ごとに服装が変わる。

 その様子が魔物にとっては非常に面白いのだ。ゆえに魔物は人間の真似をして、季節感を味わう。


 もちろん、一年を通して服装が変わらないバンシーのような魔物もいる。だが人間と関わる上で季節の装いはコミュニケーションもスムーズにしてくれる効果もあるから、服に気を遣った方がなにかとお得だ。


 一年最後の月を迎えたイリュリアの町は、薄い雲が広がり、粉雪が舞っていた。こんな光景には、見た目にも暖かそうな防寒具姿がよく似合う。


 一昨日の夜にうっすら積もっただけの雪はすっかり溶けてしまい、今は石畳が見えている。これから何度か降っては積もり、溶け、そんなのを繰り返して、年末を迎える頃には景色が真っ白になる。


 年越しの恒例行事である星燈祭せいとうさいが迫っているこの時期、町はどこへ行っても浮かれた雰囲気が漂っていた。あちこちの店が、冬告鳥の魔物ジャックフロストを模したクリスタル細工、雪の結晶や星の輝きをイメージしたきらきらとしたオーナメントなどで賑やかに飾りつけられている。


 特に煌びやかなのは、やはり表通りに面した店だ。私の店も表通りにあるからには、毎年飾りつけをしていた。面倒だとは思わない。服装と一緒で、季節を感じさせる飾りつけを用意するのはそれなりに楽しかった。

 昼だけでも充分賑やかだが、夜になれば更に美しい光景に変わる。

 あちこちが色鮮やかな照明魔術で彩られる。人間が営む店には魔術師が照明魔術を用意するから、この時期彼らは少し忙しい。

 そうやって飾られた通りを眺めながら、恋人たちが歩くのだ。寒さにかこつけて寄り添う姿を、毎年よく見かける。


 いわゆる恋の季節というやつだ。


 一年のうち最も彼らが盛り上がるのが、この星燈祭の時期である。


 年越しの夜に、願いを込めてスカイランタンを上げる星燈祭。


 元々は新年の無病息災を願って人間が始めた祭りだが、今では様々な願いを込めてランタンを上げる祭りとして、魔物の間にも浸透している。人間たちの服装と同様、面白がる魔物が多かったというわけだ。


 無数のランタンが夜空に浮かぶ光景は幻想的で、心を奪われる。


 ランタンを上げる会場は港だ。かなりの高さまで上がるので、私の家からも見える。町中の教会が鳴らす鐘の音を聞きつつ、ネムノキのそばであの灯火を眺めるのが、私の年越しスタイルだ。あの光を見るたびに、一年が無事に終わったのだとほっと安堵する。


 会場から上がるランタンのサイズは、ひとり用の小さなものから、家族で上げる大きなものまで、様々だ。私は家族を失ってひとり暮らしになってから会場に行っていないので上げていないが、それ以前は必ず家族と出かけていた。


 しかし、ランタンを友人と上げる者はまずいない。


『一緒にランタンを上げた恋人同士は、結婚できる』


 そんな話があるからだ。


 じゃあ毎年別の相手とランタンを上げているような者はどうなるのかと疑問に思うのだが、それを話したらキールに「おまえはロマンがないなあ」なんて言われた。


 そんな背景があって星燈祭は恋人が増える。プロポーズが多いのもこの時期だ。


 だがそれは同時に、失恋の時期でもある。


 誰もが意中の相手と結ばれるわけではない。


 実を結ばなかった恋の数だけ、悪夢も生まれる。他の恋人たちを妬ましく思う気持ちも混ざっているのか、この時期の失恋に関する悪夢は、普段よりも熱するとよく伸びる。チーズフォンデュにもってこいだ。おかげで私の食卓は冬らしいメニューが並ぶ。


 あとは、不倫が判明して問題になるのもこの時期目立つ。


 星燈祭本番は、年越しの夜かぎりの催しだ。当然家族との時間が優先され、誰もがそれに合わせて、仕事や私用の予定を組む。それ以上に優先されるものがあるとすれば、命の危機くらいだ。それほどこの祭りは、大切な者との時間を重視している。

 そんな日に不倫相手と過ごしたいなどと、無理な話だ。家族と過ごさない為の都合のいい口実などあるわけもない。悪夢で知るそれは、お粗末なものだらけだ。

 わきまえた者同士の関係なら上手くいくのかもしれないが、背徳感から馬鹿じゃないのかというほど熱くなっている二人が、おとなしくしていられるわけがない。

 おかげで星燈祭が近づくにつれて不倫関係が家族にばれ、どろどろの愛憎劇に発展という話もよくある。そういったものに関連する悪夢は脂っこいチーズもどきに変じるから、たまに胃もたれがする。


 多種多様な恋模様が入り乱れる季節ではあるが、もちろん悪夢とは縁遠い幸せな光景も見られる。


 市場の様子が大きく変わるのだ。


 ウサギのぬいぐるみやアクセサリーを扱う露天商が増える。普段も露店が所狭しと並んでいるが、どこにそんなスペースがあるのか、増えた露店もうまいことはまっていた。


 星燈祭は、大切な者にプレゼントを贈るという慣習がある。

 その中でも最も重要視されるのが、初めて星燈祭を迎える赤ん坊へのプレゼントだ。


 大きなスプーンを持ったウサギのぬいぐるみ。


 それがお決まりだ。「大きなスプーンが必要になるほど、たくさんウサギのシチューが食べられますように」という意味から転じて、「一生食べ物に困りませんように」という願いが込められている。

 もちろん私の寝室にも、そんな古いぬいぐるみがあった。ウサギが持っている銀のスプーンはたまに磨いているので、今でもぴかぴかだ。

 ちなみにウサギのぬいぐるみに次いで目立つのは、アクセサリーの露店である。イリュリアの外からもやってくる露天商が扱うアクセサリーは様々だ。子供でも意中の相手に贈るので、手ごろな価格の商品も並ぶ。


 そんな露店を眺めながらのんびり歩くのは、嫌いではない。

 そうやって歩いていたら、小ぶりなウサギのぬいぐるみが目についた。つい足を止めてしまう。


 掌にちょうど乗りそうなサイズだ。ウサギの首には、小さな花を連ねた銀細工が飾られている。ふんだんにフリルがあしらわれた黄色いドレスを着ているから、たぶん女児向けだ。サイズこそ小さいが、一目見てもわかるほどいい出来である。


 そういえば、クーアの家は燃やされてしまった。

 両親に溺愛されて育ったのだから、もちろんウサギのぬいぐるみも持っていただろう。しかし彼女は、着の身着のままで逃げてきた。ぬいぐるみを持ち出す余裕などなかったはずだ。


 クーアの為に新しいぬいぐるみを用意しておいたら、いつか私のところに帰ってきたときに、喜んでくれるだろうか。


 いや、やめておこう。


 喜ぶクーアの顔を想像するよりも先に、えらくにこにこしたマルセルの丸い顔が思い浮かんだ。


「お子さんの予定でもあるんですか?」


 そうそう、そんなふうに言うマルセルが。


 ……ん?


「星燈祭のウサギ選びだなんて、結婚まで秒読みですかね」


 いつの間にか、隣にマルセルがいた。白いもこもこのマフラーに埋もれそうな丸い顔は、これでもかというほどにこにこしている。寒さで頬が赤くなっているおかげで、余計にご機嫌に見えた。


「オリヴィアでのプレゼント選びか? 私に構わず店を回るといい」

「お気遣いなく。妻と娘へのものはもう用意していますから」


 マルセルには娘がいるのか。今初めて知った。金の小鹿亭では一度も見かけた覚えがないので、親元を離れて暮らしていると考えられる。マルセルの話しぶりからして未婚か。


 ぼんやり考えていた私の前で、マルセルがいたずらを思いついた子供のようににやりとした。


「それにしても、夏にお付き合いを始めたかと思えば、もうお子さんだなんて。エルクラートさん、見かけによらずお盛んなんですねえ」

「違う!」


 思わず大きな声が出る。周囲を歩く人々の視線が集中するのを感じた。


 なぜだ。ただ市場に買い出しに来てたまたま足を止めただけなのに、どうしてこうも目立たないといけないのだ。思わず片手で目元を覆ってしまう。


 クーアとの子供について考えたことはあるが、あれはバクとハーフセイレーンの間に生まれる子供の種族に関して思案しただけだ。実際に彼女が出産するという話まで視野に入れていたわけではない。

 それに今あらためて考えてみると、あの小柄なクーアが出産するなんて恐ろしい。彼女の体にかかる負担が気になって、心配ばかりが先に立つ。

 いつかはそういう状況になるかもしれないが、今はまだだめだ。私の心の準備ができていない。


 いや、その前に……そこに至るまでの過程に、あの体は耐えられるのか?


 クーアに手を出すのを想像してしまったら、小動物をいじめるのにも似た気分がしてきて、罪悪感が芽生えた。かわいそうで仕方ない。


 待て。


 こんなのは往来で思案するようなものではない。私はなにを考えているんだ。

 こもった声が聞こえるなと隣を見れば、顔を背けたマルセルが肩を震わせて笑いをこらえていた。

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