試合に負けて勝負に勝った話
不労つぴ
YOU LOSE
僕にはチンパンジーのような知人がいた。
仮にそいつの名前をショアとする。
ヤツとは小学校から中学校まで一緒だったので、およそ9年間一緒に過ごしたことになる。
ショアを例えるなら劇場版補正の無いジャイアンから、さらに知性を取り去ったようなやつだった。
あだ名はチンパンジーもしくはゴリラ。
小学校の頃はやんちゃな男の子というような感じだったが、中学になると見境なし――それどころか自分より圧倒的な格上に喧嘩を挑むわ、周りの女の子に手当たり次第に告白するわで散々だった。
僕も仲が悪いわけではなかったのだが、会うたびに暴力を振るうし(多分手加減してくれているのだろうとは思う)、会話は通じないわで、僕はショアのことを人間ではない野生動物として見るようにしていた。
ちなみに、彼が僕に暴力を振るうと、他の友人がショアをこてんぱんにしていた。それにも関わらず、彼は僕を見るたびに襲ってきた。力の加減をしているのかもしれないが、痛いものは痛い。
今思うと、ほんとに加減をしていたのか疑問だ。
なので、僕はショアに襲われても災害に巻き込まれたようなものだと諦めるようにしていた。
だが、そんな彼にも優しいところはあり、僕が困っていると助け舟を出してくれたこともある(だいたい余計なことをして事態がさらに拗れてはいたが……)。
小学生の頃は泣き虫だった僕が泣いていると、すぐにやってきて「誰にいじめられた!?」と言ってくれた。
彼は小学生のぼくにとって、頼れはしないが、優しい兄貴分のような存在だった。
なのに、どうして彼はあんな風になってしまったのだろうか……。
僕含めた周りの友人の見解としては、悪いやつではないのだが、定期的に周りに迷惑を振りまく厄介なやつといったところだった。
高校に進学してからは、ショアとは疎遠になってしまった。
風の噂では、志望校には受からなかったものの、ギリギリでどこか別の高校に受かり、そこに通っているとのことだった。
しかし、何故かLINEだけは交換していたので、時折彼から怪文書が送られていた。
だが、僕は彼に構うことはなく、彼からのLINEは意味のあるもの以外全て無視していた。
そして、高校も卒業して大学生になり、成人式に出席したときのこと。
僕は久しぶりに彼と再会した。
「よぉ、つぴ。元気だったか?」
ショアは相変わらずで、顔も体格も全く変わっていなかった。
まるであの日のままだ。
驚くべきは、他の皆は大体スーツで来ているにも関わらず、彼1人だけ袴姿で来ていたことだ。
「久しぶり……なんで袴なの?」
僕がそう尋ねると、彼は自信満々に、持っていたグレーの扇子を開き、
「どうだ、かっこいいだろ!」
と答えた。
「あぁ……そうだね」
僕は適当にそう返した。
その後は、旧友との久々の再会に花を咲かせるなどして素晴らしい時間を過ごし、すっかりショアのことなど頭から抜け落ちていた。
成人式の最後のイベントである写真撮影も終わり、僕は友人と写真を一緒に撮ったりして過ごしていた。
だが、午後には友人達と昼ご飯を食べに行く約束をしていたので、そろそろ家に帰って準備をしなくてはならなかった。
その場を立ち去るのが名残惜しかったものの、時間に遅れるわけにはいかなかったので、旧友に別れを告げ、その場を立ち去ろうとする。
――が、その途中で不穏なものが視界に映った。
ショアが女の子と2人でいるようだった。
それだけならまだいいのだが、その女の子は僕の知り合いで、僕には彼女が明らかに嫌がっているように見えたのだ。
踵を返し、ショアとその子の下へ向かう。
ショアに絡まれている女の子は佐々木さんと言って、小柄な女の子だった。
彼女は教室でいつも絵を描いているような大人しい女の子だった。
だが、彼女の絵は何の教養がない素人の僕から見ても、かなり上手かったのを覚えている。
僕も中学のときは仲が良く、僕も少しだけ絵を描いていた(幼稚園児の落書きレベルの画力)ので、描き方を教えてもらったりしていた。
高校時代は交流が無かったが、大学生になってからは時折何人かで通話を開いて一緒に遊ぶくらいの仲だった。
彼女はお化粧をして、可愛らしい振り袖を着ており、すごく似合っていた。
友人目線でも美人だと思うのだから、きっとショアにはそれ以上に見えたのではないだろうか。
ショアは延々と佐々木さんに向かって話し続けている。
佐々木さんは愛想笑いを浮かべているが、明らかに顔が憔悴しきっていた。
すると、ショアは唐突に満面の笑みを浮かべ、佐々木さんの顎を指でクイッと持ち上げた。
世にいう顎クイというやつである。
(嘘でしょ!?)
僕は目の前で繰り広げられている、あまりにおぞましい行為に慄く。
顎クイなんていうのをやっていいのは、ハイスペックイケメンのみ――というか現実でやったらどう考えてもダメだろう。
ああいうのは二次元のみに許されるのだ。
それを3次元でやろうなんてどうかしている。
佐々木さんはすごく嫌そうな顔をしていた。
その目は怯えているように僕には見えた。
そりゃそうだろう。
好きでもない、ましてや久々に会った面識も特にないような男にそんなことをされたら誰だって嫌なはずだ。
腕時計を見ると、すでに家に帰らなくてはいけない時間だった。
今すぐにでも出発しないと迎えに来る友人に迷惑をかけてしまう。
だが、友人――ましてや困っている女の子を見捨てられるわけもなかった。
自然と体が動いた。
そして、2人の下に向かい、ショアを堂々と指差す。
そして、声を張り上げ、ショアに対して煽るようにこう言った。
「うっわ~ゴリラが人を襲ってる~」
「飼育員の人は何をやってるのかな~? こんな危険な猛獣を放つなんてどうかしてるよ~。あっ、どうかしてるのはそこのチンパンジーもなんだけどさ~」
案の定、ショアは目の色を変えて僕に向かって駆け寄ってきた。
僕は全速力で逃げるが、運動がそもそも苦手な僕に対し、ショアは運動神経抜群だったので、すぐに追いつかれてしまった。
チラッと後ろを見るが、佐々木さんは一目散にどこかに逃げたようで、僕はホッと胸を撫で下ろした。
ショアに捕まってしまったが、僕の目的は達成した。
長年の付き合いで、ショアが煽り耐性が低いことを知っていたので、こうすれば確実に佐々木さんとショアを引き離せるだろうと僕は判断したのだった。
直接やめろと言えばよかったのかもしれないが、僕は元々軟弱な臆病者なので、そこまで頭が回らなかったと言い訳したい。
「つぴ~。よくも俺をバカにしたなぁ!」
ショアがニタニタと気色の悪い笑みを浮かべながら僕に近づく。
「事実を言って何が悪いのさ!」
ショアによって羽交い締めにされ(手加減しているのだろうとは言え)、僕はボコボコにされた。
「痛い! 痛いって! 暴力反対! あっ、でも類人猿だから日本語が伝わらないんだっけ。ごめんごめん。……ちょっと、やめてやめて痛いって!」
おそらく捕まってからも――というか目的を達成したのにも関わらず、煽り続けていたのも悪かったと思う。
今思えば、ショアを煽って問題を解決するのではなく、もっとスマートな方法があったのかもしれない。
試合に負けて勝負に勝つという言葉があるが、こういうことなのかもしれないなと僕はショアにもみくちゃにされながら思った。
試合に負けて勝負に勝った話 不労つぴ @huroutsupi666
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