第6話 君と飲むお茶 2

「蓮餡の月餅。美味しいわぁ。餡ほど甘すぎず、ほどよい甘さに生地の皮がしっとり、和菓子とはちょっと違うけど、お饅頭みたいやわぁ」


「月餅って、場所によって、味が全然違うらしいで」

「そうなん。中華街の月餅集めとーなるなぁ」

「せやなぁ」


「圭君の緑豆白玉汁粉りゃくとうしらたましるこってどんな」

「全体の汁粉の汁が砂糖水で甘さ控えめで美味しいで。小豆やのうて緑豆煮。あとは、とろとろの棗、もちもちの白玉。食べやすいわ」


「美味しそう。ひと口、ちょーだい」

「ええで」


 クスリと笑う圭。


「うん。美味しい。ふふ。なんかええなぁ。圭君はこうして甘味を一緒に食べてくれるから嬉しいわ。父ちゃんなんて、甘い物好きやのに、外では格好悪い言うてな、本当は食べたいくせに、コーヒーとかで飲んで我慢してるんやよ」

「甘味を食べる男の人は好き?」


「好きやよ。ん。なに、赤くなってるん? 店の中、暑いやろうか」

「なんでもない」


 ガツガツとスプーンで汁粉を掬って圭が食べる。


「ふふ。せやけど、こんなところ学校の子たちが見たら、目の色変えて怒るやろうなぁ」

「なんでや?」


「気づいてへんの? 圭君が学校で私によう話かけるやろう。その時、結構、1年の女子に睨まれてるんよ。せやから、圭君ってモテるんやなぁって思ってたんや」

「ふーん。っで、それだけ?」

「ん……? それだけってなにが?」


「他に何も思わなかった?」

「とくに何も」

「…………」

「おっと。ちまき食べな、冷めてまう。いただきまーす」


 モグモグと食べる夏鈴。


「もちもちで、海老の香りが口に広がって美味しいわぁ。それに、蓮の葉に包まれてたから、その香りやろうか。鼻に抜けてええわぁ。圭君も食べる?」


 嬉しそうに喋る夏鈴に圭は不機嫌そうな声音で話を戻した。


「なぁ。学校で、夏鈴ちゃんとよう喋ってる男の人いるやろう? あの人、誰? あの人のことどう思うてるん?」

「???よう喋ってる男の子? 誰やろう」

「短髪で、色黒のサッカー部の、チャラそうな奴」


「ああ、井上君。チャラそうて、ああ見えて結構真面目な人なんよ」

「ふーん」


 1音、声音を低くして圭は言った。


「先週だけで、七回は見かけた」

「なにが?」

「話しかけてるの」

「ええ、そうやった?」

「髪の毛、触ってた」

「いつ?」

「先月」


「覚えてへんよ。髪にゴミでもついてたんやろう」

「肩にも触れてた」

「えっえっ? そうやったかなぁ」

「背中にも触れてた」

「ちょー。まて、まて、なんの話やねん」


 圭の尋問のような言葉に、なぜか夏鈴は焦った。


「取られたくない」

「……取られて、何を?」

「夏鈴ちゃんを」

「……」


「ふふ。なにを。はは。子供やないんやから、お姉ちゃんはずっと、圭君のお姉ちゃんやで」


 圭の子供じみた嫉妬に、夏鈴は笑わずにはいられなかった。ますます圭は不機嫌になる。


「姉やないって、何度も言うてるやろう。──もう、ほんまに、鈍ちんやなぁ」

「なにがや?」

「俺は、夏鈴ちゃんが好きやて言うてるの」

「わたしも好きやで」


「……likeやないで、loveやで」


 長い沈黙。


「ええ。ええええええ」


 ガタンっと椅子を引く音。


「ちょっと、まって、混乱してきたわ」

「ずっと好きやった」

「ちょっ……」


 混乱して焦る夏鈴に、すこぶるご機嫌に圭は言う。


「まぁ、お茶でも飲んで」

「せやな、ありがとう」


 カタリと椅子に座り直し、ズズっとお茶を飲む夏鈴。


「好きやで、夏鈴ちゃん」

「ごほ、げほ。ごほ」

「ああ、なにしてるんよ。ほら、俺の緑豆白玉汁粉りょくとうしらたましるこ食べる?」

「食べる」


 ガツガツとスプーンで汁粉を掬って食べる音。


(まって、頭が追いつかへんは……どうゆうこっちゃ……好きって……ええっと、好きって……)


 夏鈴は目を回しながら混乱して思った。そこにすかさず圭が畳みかける。


「好きやよ」

「げほ。げほ。もう……わざとやろう」

「ふふ。なんか可愛くて」

「可愛くないわ」


「すき」

「あぁぁぁぁ、もう、頭の整理もできへん」

「ふふ。以前さぁ、夏鈴ちゃん言ってたやろう。彼氏にするなら、一緒にいて落ちつく人がええって」

「そんなこと言うたかな」


「言うた。なぁ、俺は? 一緒にいて落ちつく?」

「…………落ちつく」

「ふふ」


 流し目をしてから不機嫌そうに夏鈴はお茶をすすめた。


「お茶冷めるで」

「うん。いただきます」


 すずっと圭がお茶をすする。


「来年は2人で横浜中華街に来ような」

「っ…。ふた……。二人って………………どうやろうなぁ」


 動揺しながらも、平気ぶって夏鈴が言うと、嬉しそうに圭もお茶をすすめる。


「まぁ、まぁ、お茶でも飲んでや夏鈴ちゃん」

「うん」


 夏鈴はすずっとお茶を飲む。


「そうだ、このあとなぁ、桃姉とその彼氏がこっち来るんやて、一緒にエビチリでも食べようやて」

「ふぅーん。わかった」


 長い沈黙。


「って、どう言うこっちゃ! 桃香の彼氏って熱がある言うてたよな……」

「ふふ。まぁまぁ、お茶でも飲んで」


 すずっとお茶を飲む夏鈴。


「好きやよ。夏鈴ちゃん」

「……」


(もう。どないしたらええの。って言うか、謀りよったなぁ)


「好きやよ」

「もう言わんどって、頭がふわふわするわ」

「ふふふ。もっと、してや。夏鈴ちゃん」

「信じられへんわ……」


(まさか、弟のように思うてた圭君に、こんな風に翻弄されるとは……これからは、弟なんて、思えへんやんか。どないしよう)


「月餅、追加しよか」

「……せやな」

「すみません、棗餡なつめあんの月餅ください」


 モグモグと食べる音。


「美味しいなぁ」

「ほんまになぁ」

「なぁ、夏鈴ちゃん。俺と付き合ってくれへん」


 その、とろけるような圭の声に、つい

「……うん」

 と言ってしまった。


(これから先、どうなるかはわからへんけど。とりあえず、今は、このひとときを楽しもう)

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ゆるっと。ふわふわ。チャイナタウン♡♡きみと”召し上がる”癒しのひととき♡♡ 甘月鈴音 @suzu96

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