第5話 君と飲むお茶。1

かたん。かたかた。と、椅子を引き、座る音。


「よう、やっとお呼ばれしたわ。結構、待ったなぁ。喉がカラカラや」

「せやなぁ、なに頼もうか、夏鈴ちやん」


 ペラリと紙が開く音。客の声や店員の声、茶器の音が、がやがやと小さく聞こえる。


「雰囲気のええ感じのカフェやなぁ」

「中華っぽい欄干部分をとり入れつつ、木や竹をしつらえた、雰囲気のいい、和モダンって感じの店やなぁ。落ち着くわ」


「ふふ。お店紹介のナレーションみたいなこと言うなぁ圭君。将来の夢はアナウンサーか、なにかかいな」


 夏鈴はくすくすと笑いを含ませて、からかい、圭も笑いを含ませて言った。


「せや、夏鈴ちゃん専用のアナウンサーになるんが夢なんや。さてと、冗談はさておき、注文決まったんか」


「ふふふ。私はねぇ。コレにするわ。雲南プーアール茶と蓮餡の月餅と、蓮の葉で包まれたちまきにするわ。圭君は?」


「俺は、鉄観音てっかんのんっちゅー茶と緑豆白玉汁粉りょくとうしらたましるこにするわ──すみません。注文お願いします」


 カチャンっとポットを置く音。じゅろろろろろっと蓋碗にお湯を注ぐ音。


「なんや、蓋碗がいわんって湯のみ茶碗みたいやなぁ。使ってるの初めて間近でみるわ」

「俺もや」


「あっ。店員のお兄さん、笑わんどってくたさい。ところで、なにしはるんです。えっ。蓋碗がいわんを温めてるんですか? へぇ。そないなことするんですねぇ。あ、そのお湯を壺に捨てちゃうんですか。へぇぇ」


 かちゃかちゃと音がする。


「あれ、蓋碗がいわんに茶葉をそのまま入れるんですか。蓋碗で飲むのかと思うとったんですけど、そこに茶葉入れてお湯を注いで蒸らしたあとに違う茶碗に入れるんですね? へぇぇ。蓋碗ってポットの役割してるんですねぇ」


「夏鈴ちゃん。知らへんかったの?」

「詳しくは知らへんわぁ。ああ、ほら、圭君が余計なこと言うさかい、また店員のお兄さんに笑われてもうたやないか」


「俺のせいやないし、それより茶葉を蒸らした蓋碗の蓋の香りを楽しめ言うてるで、店員のお兄さんが」

「ああ。すみません」


 クンクンと香りを嗅ぐ。


「香ばしい香りですわ。プーアール茶の高級な香りって感じですわ」

「高級な香りて、どんなやねん」


「なんやなんや、トゲのある言い方やなぁ。圭坊ちゃん」

「別に……なんや夏鈴ちゃん、やたらと格好いい店員のお兄さんに、笑いかけてるなぁ思うてな」


「なっ……してへんし。ああ、また、笑われてもうたやないか」

「まぁ、ええわ。ほら、蓋碗の蓋を茶葉を押さえながら、両手で縁を持って、蓋碗を傾けて茶を注がな、いつまでも茶が飲まれへんで」


「うう……なんや。今日の圭君は意地悪いわ」

「ほらほら、早く」


 かちゃかちゃと蓋碗を持つ音。ちょろろと蓋碗から茶碗に注がれる音。


「なんや注ぐの難しいなぁ。あちあちあちち、熱いわ」

「ああ、向こうに行ってもうた店員さんが茶器は熱いから気をつけぇー言うてたやろう。耳たぶで冷やしぃ。火傷してへんか?」


「大丈夫やよ」

「かしぃ《貸して》、俺がやってやるさかい」


 かちゃかちゃと茶器の音。


「ありがとう。熱ない?」

「平気や。ほら、出来たでお嬢様」


 かちょんっと茶器を置く音。


「うむ。よくできました。ふふ。いただきます」


 すずっと茶を飲む。


「ふぅー。体に染みわたるわぁ」

「お婆さんかい。じゃあ、俺も」


 ずずっと圭も茶を飲む。


「節々に効く感じや」

「お爺さんかい」

「ふふ。婆さんや」


「なんだい、爺さんや。ふふ。馬鹿やなぁ。はは。なぁ、そんなことより、付け合せの小皿にある。この長細っい四角いのなんやろう」

「サンザシ棒やて」


 もぐもぐと、サンザシ棒を食べる音。


「甘酸っぱい」

「体によさそうやなぁ」

「酸っぱいけど、わたしは好きや」

「……」


「どないしたん? 複雑そうな顔してからに、食べれへんかった?」

「いや、そんなことあらへんよ」

「好きやなかった?」


「……好きやよ」

「なら、良かった。ふふ。美味しいなぁ」

「……ほんまに夏鈴ちゃんは、鈍ちんやなぁ」

「鈍ちん? 圭君はときどき、意味わからへんこと言うなぁ」


「うーん。こんなに意思表示してるんやけどなぁ。少しも気がつかななんてなぁ」

「意思表示?」


 ふぅっと圭は息を吐く。


「きょとんとした顔して……ほんまに意味わからへん?」

「んん? どないしたん真剣な顔して」

「夏鈴ちゃんはさ。好きな人とかおらへんの?」


「いてへんよ。どないしたん急に……」

「急やない……俺は……」


「あっ。月餅と粽と緑豆白玉汁粉りょくとうしらたましるこが来たで」


 かしゃん。かしゃんと食器が置かれる音。


「ちっ……」


(ん? 今、ちっ。って舌打ちした? なんでやろう?)

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