第4話 突然の雨。

「ピンクのタッセル買うてくれて、ありがとうな圭君」

「水色のタッセル買うてくらて、ありがとうな夏鈴ちゃん」


「ふふ」

「ふふ」


 二人は照れくさそうに笑い合った。がやがやと中華街を歩く音。


「タッセル、歩くたびに、房がゆらゆら揺れて可愛ええわぁ」

「夏鈴ちゃん、鞄に付けたんやね。その鞄は自作やろう」


「せや、このトートバック。ミシンでカタカタと縫ったんや」

「俺も鞄に付けよ……あれ、可笑しいなぁ……なんでやろう」


「くすくす。なんで、絡まらせてるんよ。ほんまに圭君は、物知りやのに、鈍臭いなぁ。ほら、貸してみ。私がやってあげるさかい」

「ありがとう」


「よし、できたで。なんやカップルみたいやな」

「……」


 夏鈴は、からかうような物言いをする。圭はなんとも言えず、しばし、夏鈴を見つめ沈黙した。


「はは、冗談やて、そんな困った顔せんとってや。ふふ」

「まったく、してへんし」


 不貞腐れたように、きっぱりと圭は言い切る。夏鈴はなにごともなかったように話題を変えた。


「あっ。今まで気が付かなかったんやけど、空、見てみ、なんやいつの間にか雨が降りそうやない?」

「ほんまや」


 と、雨がポツポツと降り出す。


「冷た」

「やっぱり、降り出した」


 ザーっと激しさの増す雨。


「うわぁ」

「どこか、雨宿り出来そうなところに行こう、こっちや」


 圭は夏鈴の手をガッと掴んだ。


「えっ……」

(ビックリした)


 戸惑いながら夏鈴は思った。


(圭君、いきなり手ぇ握って引っ張ってくんやもん。せやけど、こないな手が大きかったやろか?)


「この店に入ろう」

「う、うん」


 少し心あらずだった夏鈴は、圭の言葉に、はっとしたように言葉を返した。

 カランっと扉につけられた金が鳴る。


「ここ、中国茶屋のお店やね。お茶の匂いがするわぁ」

「ほんまや」


「えっと。なになに。1階が販売コーナーで、2階がカフェやて」

「そうみたいやな。──なぁ、夏鈴ちゃん。せっかくやから、お茶してかへんか?」


 少し、甘えたように圭は夏鈴に言う。夏鈴は小さく笑いの含んだ声で姉ぶって答える。


「せやな。受付して、順番待ちやな。えっと、これやね。番号札を取って、あとは、お呼ばれるするまで待つだけや。せや、時間があるさかい、一緒に店内の販売コーナーでも見て待ってよか」

「うん」


 かちゃかちゃと茶器が触れる音。


「ここの店、茶器が売ってるんやなぁ。手のひらサイズの蓋碗がいわんはすの絵が描かれてて可愛ええわぁ。おっと。お値段はそれなりやな。せやけど、シンプルな柄から色鮮やかな絵柄がある茶器が揃ってて、見てるだけでも癒されるわぁ」


「せやな。せやったら、いつか成人したら、一緒に揃えようや」

「はは、ええなぁ。しようや」


 意味ありげな圭の言葉だが、夏鈴は、なにも気にせず答えた。


「ほんまに……わかってへんなぁ……」

「なにか言うたか?」


 ボソリと呟く圭に夏鈴は首を傾げた。


「なんでもあらへんよ」

「ふーん。な、な、あそこに茶葉が売ってるわ。花茶やて、花開くやろか」

「くすくす。縁日に来た子供みたな、はしゃぎようやなぁ夏鈴ちゃん」


「なんやて、まぁ、ええわ──それにしても、圭君、手ぇ、大きゅうなったなぁ」

「あっ。ごめん。いつまでも握ってたわ」


「ふふ。お姉ちゃんと、お手手繋いでへんと淋しい」

「違うわ。もう離すで……」


「ふふ、ちぃさい頃は、私の手のが大きゅうくて、何かしらと圭君の手を引いてやってたんやけどなぁ。ビックリしたわ」

「いつまでも、子供ちゃうで」


「せやなぁ。よく見ると色んな所に筋肉ついたんとちゃう」

「えっ……」

「ほら、この腕とか」

「……」


 しばし、ペタペタと腕に触れる夏鈴。


「触るとカチカチやな。私と全然ちゃうんだもん。ほら、私の触ってみぃ」

「えっと……それは」


「なんやの、さっきはお手手、繋いでたのに、ほら触ってみぃ」

「……うん……。柔らかい」


「むむ。私に筋肉が無い言うんか?」

「夏鈴ちゃんが触れて言うたんやろう」

「私と腕がちゃうとは言うたけど、たるたるやなんて、筋肉まるでなしみたいやないか」


「……言うてないし……そんなこと」

「悔しいわぁ。いつの間にこないに腕に筋肉がついたんや。圭君剣道部やったよなぁ。そのせいやろか? 腕にしっかり筋なんてこさえて。なんや、中学のときは私より細そっこい腕してたのに。むむむ。ほんまに悔しいわぁ。私もバドミントンで腕を鍛えているのに、負けてもうた」


 圭は小さく消え入りそうな声で、ぼそり言った。


「……鍛えた……さかいな……ちゃんのために」

「なんやて?」


 あまりにも小さな圭の声は、夏鈴の耳には聞こえなかった。圭はこれまた小さく嘆息し、開き直ったように


「なんでもあらへんよ」

と、言った。


「せやけど、ほんまに悔しいわ。あの可愛かった圭君が、しっかり男の子に見えるんやからなぁ。ああ、胸板なんてこないに広く固くなってもうて。姉ちゃん嬉しいやら、悲しいやら、寂しいやら、複雑な気持ちやわ」


 ペタペタとさっきよりも、遠慮なく触る夏鈴。


「っつ……。あまり……触らないで」

「なんや、なんや。ええやんか。減るもんやないやろう。姉ちゃんに触らしい」


「どこぞの親父か……ほんまに……。ちょ。擦るなて夏鈴ちゃん……ほんまに、どうなっても知らへんで」


「どうなっても? ほうほう。どうなるんやろうなぁ。ふふふ」

「夏鈴ちゃん」


「ふふ、ごめんて。ああ、せやけど、誰かさんとは大違いやな、この胸板」


 夏鈴がそう言うと、血相を変えて圭が夏鈴の腕を、がっと掴む。


「痛!! どないしたん圭君。急に怖い顔して腕掴むなん……って、痛い。痛い。腕の力が強いて」

「ごめん。せやけど誰かさんって誰の胸板と比較したん」


 しばしの沈黙。


「父ちゃん以外に誰がいるん? あの人、年々、そこらじゅうがたるんできてるんよ。腹なんてぶよぶよ」

「お……おじさんかぁ」


「なんや、なにか気になること、私、言うたやろうか。それより手を離してくれへんか」

「あ、ごめん」


「まったく。どうしたんやろうな、この子は。ああ、ほら手に跡がついてしもうたやないか……ああ、そないな、すまなさそうな顔、せんとって、ほらええ子やから」


 頭をすりすりと撫でる。


「もう、子供やないで頭を撫でんでもええって……」


 くすくすと夏鈴は笑う。


「あっ。圭君。雨やんだで」

「ほんまや。あっと言う間に雨がやんだな」


「見てみ圭君。虹が出てるわ。綺麗やなぁ」

「ほんまに」

 

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