第3話 七夕

「はぁ、中華街に来るのが、あと5日、早ければ、7月7日の七夕やったのになぁ。なんや、中国では七夕の夜のことを乞巧奠きっこうでん言うんやてな」

 

 少し悔しそうに唇を尖らせ、夏鈴は知ったかぶったようにぼやいた。


「せやな。もともと乞巧奠は、手芸とかたずさわる仕事してる女の人が、針仕事がもっと上達するようにて、仕事向上のために、星空に祈りを捧げていたらしいで」


「そうなん?」

「うん。それに日本では7月7日は七夕やけど、中国だと旧暦やと、だいたい今年やと8月やてさ」


「そうなんや、8月かぁ、なー。せやったら中国気分を味わおうや、8月に入ったら、みんなで、流しそうめんしーひん? うちの庭でお父ちゃんに頼んで竹を割いてやな。うん。本格的なのやりたいわぁ」


「ええけど、七夕に、そうめん食べるんは、日本だけやで」

「そうなん!!」


「ちょっと待ってや、調べるさかいな。えーっと。検索すると、ざっくり言うとこーやて、そうめんを天の川に見立てたり、七夕は機織りが上手くなるよう願うことから、糸がそうめんに似ているからってことで、組合連合会で七夕は『そめんの日』ってしたらしいで」


「なんやろな、バレンタインとか、土用の丑の日とかも、そんな理由やったな」


「中国ではそうめんやなくて、索餅さくべいってお菓子を食べるらしいで」

「索餅? なんでお菓子なんやろう?」


「えっとやな……(検索している間)古代中国で7月7日に亡くなった帝の子が悪霊になって熱病を流行らせ、その御霊を鎮めるために、帝の子が好物だった索餅を供えて祀るようになったんやと。そこから7月7日に索餅を食べると無病息災で過ごせると伝わってるらしいで、日本でも奈良とか平安時代に食べられてただって」


「ふーん。じゃあそれがそうめんに変わったんやね。そういえば、日本でお供え物するときも生前にその人が好きな物をお供えするやろ。あれって玉鎮めの意味もあったんやろうか」

「そうかもしれへんなぁ」


「索餅かぁ。んー食べたことあらへんは、おはぎみたいなんやろか?」


ちゃう。ちゃう違う。違う索餅は小麦粉を練って、縄のようにねじってつくった揚げ菓子やて。ほら、中華街やと、あれが近いんやないか? 麻花兒マファールちゅー菓子。折角やから買って食べてみよか」


「はい。はい。はい。はい。賛成や」

「はい。は、一回でよろし」


 子供のように陽気にはしゃぐ夏鈴に、圭は笑いをこらえたような声音で注意した。

 

 ばりぼりと固い煎餅でも食べているような音。麻花兒を食べている。


「この麻花兒マファール。噛みごたえがあって固いわ。もごもご。せやけど、素朴な懐かしい味やな。ほんのり甘いわ。もう一本、食べてもええか」


「ええけど、食べすぎやない? と言いつつ、俺ももう一本、なんやろうな癖になる味やわ」


 ばりぼり。ぼりぼり。ばりぼり。食べる音だけが響く。


「さてと、次はどうしよか」


 ゴクンっと麻花兒を食べ終わると夏鈴は元気に言った。圭は「せやな」と答えると


「食べてばかりやのぅて、手土産になるような物、買わへんか」

と言う。


「せやったら。あそこに中華雑貨売ってる店があるで、行こうや。私、タッセル買いたかったんやった。房が垂れ下がってて可愛いいんや」


「じゃあ、記念に俺が買うたる」

「太っ腹やな。じゃあ。遠慮なくうてもらうで」


 くすくすと笑う圭。


「ええで」

「言うたな。ふふ。ほな、行こか圭君。そんで私が圭君に色違いのタッセルうたるわ」


 ざわざわと雑踏の音。その中で圭の小さな声が溶け込むように、呟いた。


「今、中国で七夕言うたら、日本で言うバレンタインみたいなもんなんやで。お互いにプレゼントを贈るんや。夏鈴ちゃん、絶対意味わかってへんやろうな」


 少し離れた場所から夏鈴が叫んだ。


「圭くん。早う来てや」

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