第2話 出店で……

──シャリシャリとキュウリの咀嚼音に、もぐもぐと頬張り、ゴクリと嚥下する音。


「北京ダック美味しいわぁ。中身はキュウリに白ネギに、パリパリに焼いたアヒルの皮に、醤油ベースの甘辛ダレやなあ。屋台やから、お手頃に食べれてラッキーやな、コース料理なん、高校生のうちらには敷居が高いさかい、こうして食べ歩きできるんわ、嬉しいわ」


「せやな。夏鈴ちゃん知ってる? 北京ダックって発祥は南京から伝わった料理らしいよ」

「そうやの! 北京。北京。言うから北京料理やと思ってたわ。圭君はほんまに物知りやなぁ……せやけど、ふふ。ほっぺたにタレがついてるで。待っとき、今、ティシュで拭いてあげるわ」


「ちょっ……夏鈴ちゃん。自分で拭けるて」

「ええやんか。昔は、一緒にお風呂に入ってた仲やないか」

「うっ……」

「ふふ。3人で、よぅ素っ裸で走り回ってたしなぁ」


 圭は口を濁しながら小さく言った。


「……挑発……せんとって」


(兆発? てなんやろう? 子供の頃に、素っ裸かになって、喧嘩でもしたやろうか? うーむ。思いだせん)


「言ってる意味が、ようわからへんわ。ほら、綺麗になったで」


(まあ、よう、わからんけど、ええわ)


「……ありがとう」


 圭はどこかぎこちなく、そっぽを向いて言った。少し不思議に思いつつも、夏鈴は話題を変えた。


「さてと、次は、なに食べようか」




 ふんふんと夏鈴は鼻をひきつかせる。



「向こうから、ええ匂いがする」

「世界チャンピオンの肉まんやて」

「チャンピオン! 絶対美味しいやつやんか。買うで、圭君」


 ザワつく店のなかに入ると、厨房から出来立ての肉まんが拭かし気から、しゅわっと開く音が聞こえてくる。


「すみません。肉まん二つ。あと胡麻団子も食べるよね夏鈴ちゃん。じゃあ、胡麻団子も二つ。今度は俺が奢るから」

 チャリンと音をたてて清算をすませる。


 ふーふーと息を吹き掛けて、肉まんを冷ます音。しばらくして、もぐもぐっと咀嚼音が響く。


「あちちち。はふはふ。肉まん。メチャ熱いけど、美味しいわぁ。肉汁が溢れて、皮がふわふわや。ほら、圭君も、見てへんで食べや」

「ふふ。相変わらず猫舌なんやね、夏鈴ちゃん」


「せや、いーつも。桃香と圭君と私で、たこ焼き食べるときは、最後になるさかいな。もぐもぐ。ああ。美味しいなぁ、肉まん。もう一個、食べられるで」


「あとで後悔するやろう。ほら、胡麻団子で我慢しときや」

「はーい。なんやお兄さんみたいやな圭君」

「なんなら食べさせよか」

「ほんま。ちょうだい。ちょうだい」


「うっ……。ごめん。やっぱり自分で食べて」

「なんやの、照れるくらいなら言うなや。こないなこと、しょっちゅうあるやろう」

「誰と」


 冷たく低い声で圭は問いただすように言った。夏鈴は戸惑いながら答えた。


「誰とて、学校のクラスメイトとかやて、桃香にも、ようするで」

「ふーん。よくするんだ」


 ますます冷たい物言いに、夏鈴は少したじろいだ。


「女同士だけやて、まぁ、中学のときは、給食あったやろう。隣の男子がチーズ嫌い言うから、私のセロリと交換とかはしたことはあるけど、さすがに男の人と食べさせあったことはあらへんよ。なんや、その冷たい目。圭君やないみたいやん。引かんとって……そうゆうこと圭君は嫌いなんやろうけど、結構、みんな普通にすることやないの? もが」


 圭は胡麻団子を手にして夏鈴の口のなかに詰め込んだ。


「そうだね。桃姉にもやってあげてるんだもんね。普通に出来ることなんやよね。ほら、胡麻団子。美味しいやろ? ああ、なにか食べられない物があったら、俺が、俺が、交換してあげるさかいな」

「うぐ」


 くぐもった声で、うん。と夏鈴は頷いた。


(なんやろうか、顔は笑ってるんやけど、少し怒ってるように見えるんやけど……気のせいやよな)


「美味しい? 夏鈴ちゃん」

「もぐもぐ。ごっくん。うん。めっちゃ美味しいわ。この胡麻団子、胡麻の風味が口のなかにひろがって、外はカリっとして中は、もっちりしてるんよ。ごちそうさまや」


「それはよかった」

「なーなー。喉が乾かへん? あそこにタピオカが売ってるわ。飲まへん」


 くすりと圭は笑った。


「ノンストップやな夏鈴ちゃん。ええよ」

「私は、紅芋ミルクティーで、圭君は?──うん。黒糖ミルクティーやね」


 ごくごくと飲み、ぷはっと一息つく夏鈴。


「中華街最高やな。美味しいものばかりや。このタピオカも美味しいわ。紅芋のほどよい甘さに、タピオカのもちもちかん。美味しいわ。あっ。圭君のもひと口、ちょうだい」

「えっ……」


 返事も待たずに、夏鈴は圭の手もとにあるタピオカを「いただき」と言うと、ちゅうちゅうと吸った。


「うーん。黒糖の味がして美味しいわ」

「……ほんまに、よう、煽るわ」


 消え入りそうな圭の声に

「なにか言うたか?」

 と夏鈴は不思議そうに聞いた。

「なんでもあらへん」


 そう言うと、ためらいなく圭もストローに口をつけ、タピオカを一気に飲み干し「ごちそうさま」と締めくくった。

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