ゆるっと。ふわふわ。チャイナタウン♡♡きみと”召し上がる”癒しのひととき♡♡

甘月鈴音

第1話 弟のような

「信じられへんわぁ」


 少し拗ねたように、柔な声で夏鈴かりんは言った。


「夏鈴ちゃん。ごめんな。うちの姉が……」

「あぁ、けい君は気にせんとって、桃香の勝手は昔っからやからね。せやけど。ほんまに、幼馴染とはいえ、頭が痛くなるわぁ」


「うちの姉ちゃんがドタキャンして……」

「ああ、ええんよ。圭君は気にせんとって」


 どこか含みのある低く甘い声で圭は言う。

 回りは騒がしく、がやがやと中華街を歩く音が聞こえてくる。


(とは言え、まさか、横浜在住の桃香の彼氏が急に熱を出すなんて……とほほやな)


 夏鈴はため息をついて、諦めながら、そう思った。


「折角の三連休やったのに、ごめんな夏鈴ちゃん。京都から、はるばる新幹線に乗って横浜まで来たのに……」

「もう、ええんやて、桃香の彼氏が熱出してもうたんやから、仕方あらへんわぁ」


「せやけど『エビチリ食うで』なんて騒ぎ立ててた張本人は桃姉なのに、彼氏の所に行くわ、って、俺と夏鈴ちゃんを置いて出かけてまうなんて……。それに、この旅行、3ヶ月前から練っていた計画やったやろう……。中華街、案内してくれる言うてた桃姉の彼氏が来れへんから、無計画になってもうたし」


 ふぅと、夏鈴は息を吐き、すっかり開き直ったように言った。


「まあ、ぷらぷら歩くんも悪くないやろう。それに私と一緒に中華街、回るんも、ええやろう」

「うん」

「ふふ。ええ、返事や」


(可愛ええなぁ、ひとつ年下なだけなんやけどなぁ、圭君。子供の頃から、よう一緒に遊んでたさかい。ほんまもんの弟みたいやわ)


「──母さんたちに感謝やな」


 ふいに圭が、そんなことを言い出した。


「なんでや?」

「だって、そうやろう。うちの母さんと夏鈴ちゃんの母さんが親友やなかったら、俺と桃姉も、こうして夏鈴ちゃんの幼馴染みやなかったかもしれへんし」


「そう言われてみれば、そうやな、考えたことあらへんかったわ。これを腐れ縁ってゆうのやろう」

「なんか違うような……」

「細かいこと気にせんの、圭君は頭がいいんやけど、融通が利かへんって桃香が言うてたで」

「桃姉の言葉は、聞かなくてよろしい」

「はいはい」


(圭君、頬を膨らませて不貞腐れてる。ふふ。知ってるで、圭君は昔っからお姉ちゃんっ子なんよ。なんたって頭の良い圭君やのに、桃香のあとを追おて、地元の高校を通うてるんやからなぁ。おかげで私とも同じ高校なんやけど)


「まさか、この年になっても、こうして圭君と遊べるとは思ってへんかったわ」

「……嫌やった?」

「ないない。嬉しいなぁって思うてな。中学のときは塾ばかり通ってたやろう、圭君となかなか会えへんかったから、ちょっと寂しかったんや」

「ほんまに」

「ほんま、ほんま」


(せやけど、ちょっと見ーひんうちに、背も伸びて、ずいぶんと格好よぅなったなぁ。圭君)


「夏鈴ちゃん。あそこの屋台で北京ダック売ってるで」


 はっとする夏鈴。


「どこやて。ああ、ほんまや。一度、食べてみたかったよ北京ダック。でかしたで圭君。早速、食べよや」


 食べ物を見た途端、夏鈴のお腹がくるると鳴る。その様子にクスリと圭は笑った。


「笑ろうたな。しかたあらへんやろう、中華街で食い倒すぞって桃香が言うさかい、朝食はヨーグルトだけ、新幹線では、お茶しか飲んでへんかったんやから、お腹も空くやろう。なっ。なっ。せやけど、まぁ、お腹の虫を聞かれても、圭君ならええか。恥ずかしゅうないわ」


「……それって……他の男の人だと気になるってこと?」

「ちゃうわ。そうやなくて、男とか女とか関係なく、圭君以外だと、気になるし、いやや言うことや」


「そうなん?」

「せやよ、圭君は特別やからね」

「……うん」

 嬉しさの含んだ声で圭は頷いた。


(かわええなぁ。特別って言葉なんに嬉しそうにして。ほんまの弟みたいやなぁ。私、一人っ子やから、こんな弟がおれば嬉しいのになぁ。まあ、実際、圭くんは弟みたいなもんなんやけど)


「黙りこんで、どないしたん夏鈴ちゃん?」

「いや、なんでもない。そう言えば桃香は、よう圭君のこと、生意気って言うてたなぁって急に思い出したわ。先週の昼放課に卵焼きを振り回しながらな、圭が口答えする。やの、あれするな。これするな。言うって頬を膨らませながら桃香が言うてたわ。そんなことあらへんのになぁ」


「あたりまえやろ」


 何を馬鹿なと言いたげに、満面の笑みでキッパリとハッキリと答える圭に、うんうんっと頷く夏鈴。


(ほんまにちぃさい頃から圭君は素直なんやよなぁ。ふふ。このはにかんだ笑顔、かわらへんなぁ。ほっこりするわぁ)


「圭君は、ちぃさい頃から、私のこと夏鈴ちゃん。夏鈴ちゃん。言うて、私のあと着いてきてたなぁ」

「そんな昔のこと、思い出さんとって」


「なんでや、せや、小さい頃、水族館に行ったときなん『夏鈴ちゃん、ソフトクリーム食べる』言うて、かわえらしく笑って、私にソフトクリームを突きつけてきたことあったなぁ。覚えてる?」

「覚えてへんわ。ほんまに勘弁してや」


「いややよ。あの天使の微笑み、忘れられへんのやさかい」

「やめて、天使って年齢でもあらへんし」

「そんなことあらへん。それにな、いつになっても、姉ちゃんは弟が可愛いものや」


「……夏鈴ちゃんは、俺の姉やないやろう。それに、桃姉は、俺のこと生意気言うてるけど」

「ふふ。細かいことは気にせんのよ。よっしゃ」

 

 夏鈴は得意げに自分胸をどんっと叩く。


「お姉ちゃんが北京ダック奢うてやるさかいな」

「ええよ。逆に俺が奢るし」

「なに言うてんの。年上の義務や」

「ひとつしか歳変わらないやん。俺、もう高校生」

「1年生やろう。ええから、私に甘えとき」


 少し困ったような声音ではあるものの、嬉しそうに圭は「うん」と頷いた。


「ちょっと、待っとき」


 夏鈴はお店まで、サンダルのコツコツと音を立てて走って行く。


「すみません。北京ダックを2つ」 


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