異世界、貸し〼

つじ みやび

傲慢不遜な悪役令嬢と、女子高生

0日目 異世界貸屋

 あんなところ、やってられるか。進学希望票をくしゃっと握りしめ、学校をさぼった私は自転車を走らせる。入道雲を背にふらふらと自転車の一人旅。旅といっても、遠くまで行く度胸はないので、町内をぐるぐると周回するだけなのだけど。


 幼いことから見知った町内。見慣れた風景、変わらない街並みにうんざりしていると、古ぼけた書店を見つけた。


 前までこんなところにお店なんてあったっけ?ほんのりとした警戒心と、ちょっとだけ覗いてみたいという好奇心。せめぎあった結果、好奇心が勝った。


 好奇心は猫をも殺すとかいうけれど、気になるものは仕方がない。そう仕方ない。そんな謎の言い訳を繰り広げながら、書店に向かう。


 そうして自転車を店の前に止めると、奇妙な張り紙が貼ってあった。


「異世界、貸しますぅ……?」


 そんな中華麺あり〼、みたいに書かれても。異世界を貸すとは?……まぁ意味の分からない言葉だし、きっと子供のいたずらとかでしょ。見た感じ、お店が古いだけで本は最新の作品が入荷しているようだし、欲しかった新刊でも見に行こう。


 自動扉を抜け店に入ると、冷やされた心地よい風が火照った体を包み込んでくれる。と、同時にタバコのような香りがした。


 書店で火気?火事にでもなったらどうするのだろう。店員さんに注意してもらおうと店の奥を見ると、レジにあからさまに胡散臭い男が座っているのが見えた。そいつが煙管をふかしている。お前かい。


 うわぁ……やばいお店入っちゃったかも。退散しようとしたタイミングで、男と目がばっちり合ってしまった。やばい。


「お、嬢ちゃん。新人さんだね?ようこそ、異世界貸屋いせかいかしやへ」

「いいえ違います迷っただけですすみません」

「迷ってここに来たんならお客さんじゃぁないか」


 はははと笑いながら、カウンターを飛び越えてこちらに向かってくる男。一方私は、足がすくんでしまっていて、顔の前に両掌を掲げることしかできなかった。


「取って喰うわけじゃないんだから、そんなに心配しなくても大丈夫だよ」

「いえ、そうは言っても」


 こんな胡散臭い大人のいうことは信用ならない、と素直に言うわけにはいかないので、押し黙ってしまう。


 どう胡散臭いかって……?キリスト教の聖職者みたいな服装(祭服っていうの?)をしていて、フレームが小さく丸いサングラスをかけている。ちなみに髪色は真っ赤だ。首から上はチャイニーズマフィア、首から下はクリスチャンみたいな男。


「嬢ちゃん、迷ってここに来たのなら、見せてあげられるものはあるよ。こっちおいで」


 やっぱりこんなお店入るんじゃなかったというこちらの後悔をよそに、男はこっちこっちと手招きをした後すたすたと、とある本棚の方に向かっていく。しかたなく、私は男の後を追う。だって逆らえなそうで怖いんだもん、この人。


 たどりついたのは、悪役令嬢モノ作品コーナー。そして、棚には光る本が1冊あった。


「じゃあ嬢ちゃんには、この本の世界貸してあげるね」

「は?」


 世界を貸すとは。


「君が求める答えが、きっとここにあるよ」

「ちょっとまってください」


 ここで一度、男はこちらを振り向いて「ん?」と首をかしげる。


「あの、世界を貸すってどう言うことですか。というか、今初めて会ったのに、私が求める答えって。なんでそんなことがわかるんですか。あなた、なんなんですか」


 男はにっこりと笑い、両手を祈る形で組む。


「この書店は迷える子羊しか訪れることができない、異世界化屋いせかいかしやなのです。」


 わざとらしくそう言い放つと、サングラスそくいを持ち上げ、こちらを見つめてくる。


「まぁ、つまりは気軽にちょびっと異世界転生できるお店ってことだよ。わかりやすいでしょ?」

「異世界転生って、そんなに気軽にできるようなもんなんですか」

「まぁ、本来なら一回死なないといけないね」


 そのはずだ。私だって、何作品か異世界転生モノを読んだことくらいある。この世で死んだ人が、神様の慈悲でファンタジックな世界に転生する物語。夢にまで見るお話だが、起こりえるはずのない「お話」。


「俺も昔は、いろんな人間を異世界転生させてたんだけどねぇ。思ったんだよ。何も死ななくてもよくない?って。どうかな、君も体験してみない?」


 本当は断るべきなんだろう。怪しさが100倍くらいに膨れあがっているし。でも異世界転生という言葉に惹かれる気持ちは、確かにある。


「対価は」

「体験談をお願いしたいな」

「そんなものでいいんですか」

「うん」

「……命じゃなくていいんですか」

「悪魔じゃないんだから」


 いや十分悪魔っぽいですけど。男はくつくつとひとしきり笑ったのちに、1枚の紙を出してきた。


「じゃあ今から、異世界転生体験の説明をするからよく聞いてね」


 咳払いをし、一本指を立てる。


「一つ。異世界転生体験は、1週間だけとさせていただきます。なお、その間こちらの時間は7分のみ経過します。お嬢ちゃんの身体は俺が見とくからね」


「二つ。体験時間が経過した時点で、こちらから強制帰還措置を取ります。帰る時の心配はしなくていいよ」


「三つ。異世界転生後は、俺もフォローします。用語や関係性など、わからないことがあったら念じてください。必要に応じて、対応するよ」


「基本的にこちらからお伝えするのは、この三つ。なにか質問は?なければこの書類に必要事項書いてね。太く囲ってるところ」


 神妙な顔をして聞いていたが、特に難しそうなことはなさそうだった。特に思いつく質問もなかったので、差し出された書類に必要事項を記入していく。


 氏名:比留間 花梨ひるま かりん

 年齢:17

 職業:高校生


 最後に署名欄。


 "異世界転生に関する詳細を、凜堂 兼義りんどう かねよしより受け、その内容を理解しました。"


「えっと、凜堂 兼義さん?」

「は~い。俺のことだよ、これ。しっかり署名もよろしくね」


 すっごい日本人な名前だったことに驚く。ま、まぁ。人は見かけによらないと言うし。私がすべて書き終わったのを確認し、凜堂は「よぉし、おっけー。やるよ~!」と袖をまくった。


 何かをぶつぶつとつぶやき本を開く。その姿は、聖職者の祈りのようだなと、なぜか感じた。


「じゃ、いってらっしゃ~い!」


 さっきまでの威厳みたいなものはどこにとあきれる間もなく、凜堂のその言葉を最後に、眠りにつくように意識が途切れる。


 ◆◆◆


「まぁ!そんなところで何をなさってるの!?身分の差が無視される学園といえども、品性のある行動を心がけるべきだと思いますわ」


 キンキンと高い声で誰かが吠えている。


「うぅん……うるさい……」

「わたくしに向かって、うるさいといいました!?寝言は寝て……寝ていますわね。いいえ、寝言でも許しません。起きなさいな!」


 起きろと言われて目を開けようとしてしまう自分の性にうんざりしながら、瞼を開ける。どうやら自分は芝生の上で寝ていたようだ。そして目の前には、黄金色の美しい髪をこれでもかと巻きにまきまくった美少女が立っていた。明らかに怒っている。


 うわぁ……これでもかっていう程の、ファンタジーなお嬢様だ……


「口に出ていてよ!?なんなんです、あなた。突然姿が見えなくなったと思い探しに来てあげてみれば、芝の上ですやすやと寝ている始末。わたくしの家来という自覚がないの?!」

「いや、家来と言われましても。こちとらどこにでもいる、華のJKなので」

「じぇ……?意味の分からないことを言って、はぐらかそうとするんじゃないわよ。もう。行きますわよ」

「どこに?」

「どこにって、あなたねぇ。お昼寝しすぎてとぼけているのかしら。これからお茶会よ。ついてらっしゃい。……ああ、服についている芝や泥はきちんと払いなさいね。わたくしと一緒に参加するんだから、無様な恰好は許しません。」


 そう言うと、黄金色美少女はすたすたと歩き去っていく。……きっとこれは、異世界転生が成功しているのだ。にやにやと上がってしまう口角を何とか抑え、服と髪についた汚れを払いながら、彼女の背を追うことにした。

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