リスト13(No.089~No.096)文章全般編

※このリストは、『小説の書き方本を108冊読んでわかったこと』のリストの一部です。本編は以下のURLをご参照ください。

https://kakuyomu.jp/works/16818093082304773813/episodes/16818093082680236247


No.089

『悪文 伝わる文章の作法』

岩淵 悦太郎 編著 1979(第三版) 日本評論社

感想:

 国立国語研究所長を勤められた方の編著で、八名の研究者の方が分担して書かれたということです。

 実際に観測された悪文を例に、読みにくい理由や意味がわかりにくい理由をパターンごとに説明するという趣向です。

 古い本ですので、取り上げられている文章は時代を感じるものもありますが、悪文を悪文たらしめている要因は今とまったく変わりません。主部と述部が対応していない文や、修飾句関係が明確でないので二種類の解釈ができてしまう文、あるいは構成が不自然なために全体として意味が通りにくい文章など、時代を超えて人々が思わずやってしまいそうな例文ばかりです。

 それらをただ羅列するのではなく、問題の所在を指摘し、悪文から脱するためにはどのようにすればよいかが例示されます。個人的には、ただ「長い文章は読みにくいので短くしましょう」というレベルの指摘で終わるのでなく、逆に長くても読みやすい文を品詞のレベルから分析した箇所が心に残りました。(p.95~)

 例文で出てくる広告の文章やニュースの文章などの古さが気にならない方にはおすすめの指南書です。


No.090

『文体練習 レーモン・クノー・コレクション7』

レーモン・クノー 著 松島 征 訳 2012 水声社

感想:

 ある一つの文章を、様々な文体で書いてみた、という趣向の本です。言うのは簡単ですが、その数なんと99種類+おまけ4種類。これはかなりの力作です。

 どれもこれも凝っていて感心させられます。翻訳本であることもあり、ちらほらわかりにくいのもあるんですけど、そこは詳細な解説がついていますので心配無用です。

 今回、基本的に小説なら小説全般についての本を取り上げており、文体だけとか世界設定など部分的な技術についての本は取り上げないスタンスを取っているのですが、本書は企画に感銘を受けて、リストに入れました。


 これの日本版ともいえる本が『もし文豪たちがカップ焼きそばの作り方を書いたら』(神田 桂一 , 菊池 良, 2017‎ 宝島社)です。その続編の『青のりMAX』(神田 桂一 , 菊池 良, 2017‎ 宝島社)も合わせると、2冊で200超の文体が並びます。

 さらに、この『焼きそば~~』を企画・プロデュースした方が『もしChatGPTが文豪や○○としてカップ焼きそばの作り方などを書いたら』(爺比亭茶斗 2023 光文社)という本も出版されてます。こちらは、文体模写としての優秀さは『焼きそば~~』に譲りますが、文体ではなく形式、それも形式と内容のすれ違いに着目したところに素晴らしさがあります。

 文体と言っても、個人の書き癖としての“文体”と、ジャンルの適切性としての“文体”の少なくとも2種があるということに気づかされました。


No.091

『「もっと読みたい」と思わせる文章を書く』

加藤 明 著 2013 すばる舎

 朝日新聞の論説委員やコラムを担当されて、その後カルチャーセンターのエッセイ塾などの講師をされていた方だそうです。語り口は柔和、教え方はこなれていて、すらすらと読めます。

 かなりの初心者を想定して書かれています。エッセイ塾では、起承転結は漢詩の授業で習ったきりとおっしゃる方や、起承転結をそもそも知らない方などが入会されてくるそうで、確かにそういった方にもわかりやすい一冊になっています。

 その起承転結の話が第一章のテーマで、第二章は「読まれないエッセイの構造を知ろう」、第三章が「自分が一番詳しい世界を書こう」、第四章は「書いて気をつけよう、こんな点」第五章は「こんな作品が書ける実例集」となっています。いずれも実例が豊富で、基礎を抑えつつも実践的なノウハウがたっぷりです。

 印象的なのは、この生徒さんの作例は起承転結がないからいまいちなど、全編通して起承転結にこだわっておられる点です。起承転結というのは、初心者(私だけかもしれませんが)にとっては意外に難敵で、それだけを説明されても具体的にどう書けばよいかわからないことが多いです。この本では「転」について、前後で価値観の変化があるかどうかが要点であると書いておられ、少し溜飲が下がりました。この「価値観の変化」は小説の指南でもよく言われることですので、エッセイ、小説それぞれでどのようにこの「価値観の変化」が働くかを考えてみるのもよいと思います。


No.092

『福田和也の超実践的「文章教室」 〜スゴ腕作家はなぜ魂を揺さぶる名文を書けたのか〜』

福田 和也 著 2010 ワニブックス(ワニブックスPLUS新書)

感想:

 第一章「読む力」第二章「書く力」第三章「調べる力」と三章に分かれています。

「本書は、「書くこと」に的をしぼって「読み」「書く」方法をより詳しく、やさしく、かつ具体的に解説するとともに、「書く」うえで欠かすことのできない「調べる」方法を加えたものです。」(p.3)とのことです。

 ページが最も割かれているのが第一章「読む力」です。全体の三分の二程度のページ数で、いろいろな文筆家の文章がいかに優れているかの解説になっています。これはどれも卓見で、ともすればなんとなく読んでなんとなく受容してしまっているものを丁寧に文章化しておられます。

 第二章「書く力」では、いかに巷にあふれるブログやメールの文章が文章として劣っていて、いかにプロの文章が優れているかという説明にページが割かれています。その後で文章上達に必要な三つの要素が書かれますが、分量としては数ページです。続いて“「書く力」実践編”として、プロの実例が挙げられてそれがいかに優れているかの解説に移ります。これは、第一章「読む力」とほぼ同じです。

 第三章では「調べる力」について一章を割いて語っているのが特徴的です。創作の技法とは別のレベルで、作品にとってディティールこそが生命であるという信念をお持ちです。ご自身のご著書を書かれる際、いかに膨大な調査をしたかということが書かれます。

 全編通して、プロで権威のある文章をよく読め、そして技法を見習え、というメッセージになっていると思います。その日から文章の書き方がわかるというわけにはいかないと思いますが、ヒントにあふれた一冊です。


No.093

『名場面でわかる刺さる小説の技術』

三宅 香帆 著 2023 中央公論新社

感想:

 どちらかいうと、小説の書き方というよりはいわゆるライティング、それもWEBライティングの書き方を想定した本のようです。本文に太字処理やアンダーラインなどの処理が施してあり、本書自体がまるでWEBの文章のようにライトに読めます。

 小説の名場面を一つ一つ取り上げて、そこにどんな技術が使われているかというのを読み解く趣向になっています。

 本書自体もいわゆるライティングの技術が使われており、非常に読みやすい文章になっています。たとえば、基本的に「だ、である調」で書かれているのに、なぜか断定的に感じさせません。よく読むと、「ね? そう考えると、小説の名場面を読むことも、自分の文章修行に繋がるのだ」(p.126)のように、口語体と「だ、である調」がうまいぐあいにブレンドされていることに気づくのです。

 本書では幅広い作家さんの文章をとりあげているのですが、「この作品から、これを取り上げるの?」と驚くような、独自の視点で的確に技術を見抜いていきます。小説を読むときの解像度というか分解能が高いのはうらやましいです。


No.094

『文章術のベストセラー100冊のポイントを1冊にまとめてみた』

藤吉 豊 小川 真理子 著 2021 日経BP

感想:

 数えたわけではありませんが、世の中には”小説の書き方本”よりも”文章の書き方本”の方が多いように感じています。数限りなくあるように見える文章の書き方は千差万別で、選ぶだけでも大変そうです。

 本書の素晴らしい点は、いろいろな本に掲載された様々なノウハウに注目し、「より多くのベストセラーに共通して書かれていることほど、より重要に違いない」とスパッと割り切ってしまったところ。そしてノウハウごとに、100冊のうち何冊に掲載されているかを実際に数えて、ランキング形式にしてしまったところです。

 簡潔な文で書かれたノウハウが見出しとなっており、その下にポイントが箇条書きにされ、さらに詳細な説明、と続きます。そして、100冊の中でどんなふうに説明されているかの実例が示され、それが重要である理由や、良い例悪い例、などが並びます。カラー印刷で、紙面の構成も整理されており、一瞥しただけでわかりやすいようになっています。

 多くの本に共通した教えですので、目新しさこそ少な目ですがが、なにせ40も挙げられているので「知ってはいるが忘れていた」ものや、「知ってはいるが身についていない」ものが並んでいます。小説を書いている合間にパラパラめくっていると、つい忘れていたノウハウがいくつも目に入り、次第に自分の文章を修正せずにはいられない状態になります。

 私の今回の企画のように恣意的に取り上げるのではなく、きちんと明確な基準をもって100冊を選んでいるところがすごいと思いました。

 既に文章術の基礎は習得したぜ! と思っている方もチェックリストとして使えると思います。


No.095

『恋文から論文まで (日本語で生きる 3)』

丸谷 才一 編 著 1987 ベネッセコーポレーション

感想:

 著名作家の文章論を集めたアンソロジーです。編者は丸谷才一で、書き手は野坂昭如、安岡章太郎、石川淳など錚々たる名作家の名前が並びます。

 題材はバリエーションに富み、子供の頃の作文の授業を振り返る随筆から、ラブレターについての文章や料理記事の作法、文語文と口語文など、飽きさせません。

 どれも面白いのですが、内田百閒が慶応義塾大学で文章について講演を依頼されて「断り切れなくて」講演した時の文字起こしが印象的です。「私も文章を書くことを自分の仕事としてをりますが、長い間同じ仕事をしてゐて、矢張り半年前、一年前に書いた物を後から見ると、まづいと思ふ。」だそうです。

 昭和の文章ばかりですが、取り上げられている内容や教えは全く古さを感じさせず、名文と言うのは普遍的な問題意識を持っているものだと感じました。


No.096

『理科系の作文技術』

木下 是雄 著 1981 中央公論新社(中公新書)

感想:

 いわゆるサイエンスライティングの入門書で、小説の文章を対象としたものではありません。では小説の執筆には全く関係ないかというと、そんなことはありません。非常に有用な書籍です。それも、「理系のための文章技術だから、小説を書くならここに書かれた技術と逆を考えればいいのだな」というような意味ではなく、小説も含めた文章の書き方、心構えに直接的に役に立つ技術書になっています。

 たとえば、文章全体がスムーズにつながるように構成をいかに考え、組み立てるか(第3章)。パラグラフとトピックの関係(第4章)、文の構造と日本語の性質の関係(第5章)などには、いわゆる小説の書き方の本にはあまり登場しないけれども小説を含めた文章全般に適用できる技術、がたくさん書かれています。

 また、第7章の「事実と意見」の違いは、論文やレポートを書く上で重要な「科学的事実」と「自分が考えた意見」を明確に分けることを述べられていますが、これを小説のノウハウでよくある「説明」と「描写」違いと比較して考えると、なかなか面白いものがありました。

 もちろん、そのまま小説には適用できないような話題もたくさんあります。しかし、 より広い範囲の文章技術に接することで、むしろ小説の文章というものを広い視野で学びなおすことができると感じました。





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