リスト8(No.059~No.067)ミステリー編

※このリストは、『小説の書き方本を108冊読んでわかったこと』のリストの一部です。本編は以下のURLをご参照ください。

https://kakuyomu.jp/works/16818093082304773813/episodes/16818093082680236247


No.059

『推理小説作法 あなたもきっと書きたくなる』

江戸川 乱歩, 松本 清張 共編 2005 光文社(光文社文庫)

感想:

 原著は1959年発行だそうです。江戸川乱歩や松本清張らによる推理小説の書き方本です。もちろん情報が古いことは否めないのですが、根本的なところは当時から変わっていませんので、今でも十分考え方としては使えます。

 歴史、トリック、動機、エチケットなど、項目ごとに非常に精密に検証されます。例えば現場鑑識の章では、死後硬直と室温の関係、傷の種類など、かなり踏み込んだ知識が得られます。また「推理小説の発想」と題した章では、日記の形でつづられた日々の小説のアイデアメモを公開しておられます。

 全体として多岐にわたった内容を味わえる一冊となっています。ただ、コナン・ドイルをはじめ古典作品などのネタバレはてんこ盛りですので、その点はご注意を。


No.060

『島田荘司のミステリー教室』

島田 荘司 著 2007 南雲堂(SSKノベルス)

感想:

 巨匠による指南書です。新人に向けて開催された創作質問会の文字起し、講演録と、あとがきに近い「未来の作家たちに」と冠された一節からなります。

 質問会の記録は200ページもあり読みごたえがあります。「梗概って何ですか?」とか「字下げってどういう意味ですか?」などの基礎的な質問から、情報収集の方法、影響を受けた作家、長編の書き方、キャラクターの設定方法、トリックやアイデアのストックなど、多岐にわたる質問に対して丁寧に答えておられます。

 性質上体系的とは言い難いですが、著者さんの創作術や心構えを広範囲にわたって知ることができます。

 すべてのQ&Aが作家を目指す方にとって有用なアドバイスだと思いますが、個人的には、トリックの作り方の項目に感銘を受けました。ミステリー作家さん達がトリックやアイデアを長年生み出し続けることができる、ある理由が書かれているのですが、それは単純でありながら地道な努力に支えられているものでした。「こういう作家を人は天才とか鬼才とか言いますが、そんなことではないんです。マジックなどどこにもない」 (p.118)という言葉が、魔術的とも思える作品を生み出し続ける作家さんの口から出るのが印象的でした。

 趣旨とはずれますが、日本のミステリーの歴史もまとまっていてわかりやすいので、そちらもおすすめです。


No.061

『ミステリー小説を書くコツと裏ワザ』

若桜木 虔 著 2016 青春出版社

感想:

 ミステリーの書き方のノウハウ本ですが、トリックや謎解きに特化しているわけではなく、小説としてのミステリーの書き方ととらえてよいでしょう。

 コラム風に、項目ごとに「こう書かねばならぬ!」という教えが順不同で並びます。たとえばPART1「読みだしたら止まらないストーリーづくりのコツと裏ワザ」の小見出しは、順に「読者を引き込む“予想を裏切る展開のつくり方”」、「魅力的なストーリーには必ず「意外な殺人動機」がある」、「印象的な冒頭で、読み手の期待をポジティブに裏切る」、「回想やカットバックを避けた方が、面白いミステリーになる理由」などなど。全く体系的ではありませんが、読み物としておもろしくできています。

 「賞をとる」ことに主眼がおかれ、いかに審査員に読んでもらうか、いかに平凡な作品から抜きんでるかということが力説されます。四十人以上をプロに導いたということで、教えは実践的かつ極めて確定的で、紛れがありません。“平凡な人物が成長してゆく物語では賞は取れない“(p.77)、“「――」「……」は可能な限り使わない方が良い”(p.117)など、独特の教えは長年の経験から培われたものなのだろうと推察されます。

 公平だなと思うのは、全編通して、やってはいけない例を示したうえで、「こういう書き方をしていては賞を狙えない。もっとも自分で書くことを楽しみたいだけの場合や、友人に読んでもらいたいだけならこの限りではない」という趣旨のことを繰り返しておられる点です。つまり楽しく書いて楽しく読むことと、賞をとったり売れたりすることは違う、ということが明らかに区別されています。

 有名な賞の受賞作の実名を挙げて、ご自身の観点からこれは駄作、あれは凡作、と切り捨てていくのは痛快なまでの迫力があります。

 それから、既存のミステリーのネタバレを厭わないので、そのあたりを気にしない方におすすめです。


No.062

『ミステリーの書き方 シナリオから小説まで、いきなりコツがつかめる17のレッスン』

柏田 道夫 著 2021 言視舎

感想:

 何作も小説指南を書かれている著者さんで、ミステリーに特化した本です。古今東西のミステリーが次々と例示され、著者さんのミステリーへの造詣の深さがわかります。

 『レッスン1 基本知識としての「ミステリー」とは?』『レッスン2 さらに「ミステリー」をジャンルで分ける』『レッスン3 物語の5つの型からミステリーの構造を作る』までで、ミステリーの基本的な知識と物語の型の作り方(起承転結や、物語のパターン)を概観したあとは、スパイもの、法廷もの、ハードボイルド、サイコものなど、サブジャンルの解説と有名作品の紹介が並びます。

 本書のサブタイトルにあるように「17のレッスンでいきなりコツがつかめる」ようになるかというと、私の場合は難しかったように思います。

 レッスン3の、物語の型をパターン化して分析し、どのように展開を当てはめていくか解説する部分は、暗中模索でミステリーを書きはじめた人にはとても助けになるでしょう。

 そのうえで、サブジャンルの各レッスンについては、頭の整理として参照するにはとっつきやすいと思います。


No.063

『ミステリを書く! 10のステップ』

野崎 六助 著 2011 東京創元社

感想:

 タイトルから、なんとなくお気楽な感じの書物かと思ってページを開いたのですが、とんでもない油断でした。分析的で厳しい目をもった著者さんの指南本です。『第1のステップ 読み・書き・読む』『第2のステップ 題材を探す』『第3のステップ 調べる・取材する』などと並ぶ10のステップは、地味と言えば地味ですが、それは著者さんの、衒ったところのない堅実な考え方を反映していると察します。

 それぞれの項目で挙げられる例はもちろん大多数がミステリですが、構成、時制など、ミステリだけに当てはまるものはありません。どんな小説にも重要な教えになっています。

 特に視点には厳しく、他の本では「主観と客観に注意しましょう」「視点に注意しましょう」どまりのところ、何が客観で何が主観かについて回答を出しているところ(p.170~)に驚きました。

 構成などにも厳格なので、計算されたエンターテイメントを志向する方も読んで見るとよいのではないでしょうか。


No.064

『書きたい人のためのミステリ入門』

新井 久幸 著 2020 新潮社(新潮新書)

感想:

 謎の設定における注意点、効果的な伏線の張り方、論理的な謎解きの仕方など、ミステリに特化した指南書です。全体的に一歩踏み込んだ解説が印象に残ります。例えば、伏線の張り方について、ともすれば「さりげなく紛れ込ませる」という程度のアドバイスになりがちなところ、それにとどまらず、むしろある方法を守って印象に残るように書くとよい、というアドバイスが具体的な例とともに書かれています。なるほどと思うような考え方なので、是非本書で確かめてください。

 また多くの傑作が紹介され、それらからの学びを得ることが推奨されます。シャーロック・ホームズ、エラリィ・クイーン、金田一耕助、『かまいたちの夜』など幅広い作品があげられていて、著者さんの広い視野を物語っています。

 ネタバレはなく、(『幕間』というコラム部分にはありますが、そのことを明記してあります)また他のミステリ論本などを紹介する際にもその本のネタバレの有無を教えてくれるなど配慮があります。話題ごとにまとめられた必読ミステリ集としても抜群です。

 新人賞の事務局長を勤められたという方で、賞に対する考え方も書かれており、受賞を目指している方にも役に立つと思います。


No.065

『ミステリーの書き方』

日本推理作家協会 編著 2015 幻冬舎(幻冬舎文庫)

感想:

 2010年に日本推理作家協会編著で発行された、460ページ超の大部です。(私が参照したのはその文庫化です。)一章ごとに立てられたテーマについて、協会に所属しているプロの有名作家さん達が語ります。

 目次を見た瞬間に感じるのですが、『語り手の設定 北村薫』『文体について 北方謙三』『セリフの書き方 黒川博行』など、テーマと語り手の取り合わせが絶妙です。そして実際に読んでみると、やはりテーマごとにこの人ありと思わせるような内容です。押しも押されもせぬ、今をときめくスター作家たちがその手練手管を晒してくださいます。全ての項目にわたって、担当された作家さん達は真摯に、かつ具体的に語ってくださいます。

 プロット、登場人物、ジャンルなどからシリーズ物のコツ、執筆のコツなど、初心者・中級者くらいまでがミステリーを執筆するうえで気になるような項目は全て網羅されているのではないでしょうか。いや、逆ですかね。目次に並んだ項目こそが、ミステリーを執筆するうえで、ここには気を配るように、という日本推理作家協会さんからのメッセージなのでしょう。

 それに加えて、137名の作家さんに対するアンケート調査の答えがコラム的に掲載されています。アンケートは「取材をする時に気を付けていることは」「理想とする作品とその理由を教えてください」「職業作家として成立する条件は何ですか」などの26項目です。これも一つ一つ興味深く、生の声が聞こえてくるようです。

 ミステリー作家志望者、それからミステリーファンにとっても、こんなに貴重な書物はないと思わせます。


No.066

『ミステリーの書き方』

アメリカ探偵作家クラブ著、ローレンス・トリート編 1998 講談社(講談社文庫)

感想:

 原題は『Mystery Writer's Handbook』です。原題の方がより中身を的確に表現しているように思います。29章にわたって、アイデアの見つけ方、プロットの組み立て方、ストーリーの構成法、などとこの手の本に頻出の見出しが並んでいます。

 一人一章を担当して書かれるパターンが基本ですが、アンケート調査の回答をまとめた章もあります。個人的にはこれが面白くて、例えば第3章『アイディアの見つけ方』には、作家さん達の回答として「あらゆることがアイディアの種になる」「物事の見かけを裏返す」「意外な関連付けを見つける」「複数のアイディアが溶け合う」「タイトルから思い浮かぶ」「トリックありき」「予定外のアクシデントが物語を生む」「場面設定から」「新聞の切り抜きから」「個性的な人物設定から」などなど、と並んでいます。

 結局、人それぞれとしか言いようがないほど多様で、こんなに違うものなのかと興味深く読みました。よく考えると、これはアイディアの見つけ方というものの性質上、これだけ個人差があるのでは、と思いました。これが例えば『ストーリーの構成法』だったら、ここまで多岐にわたることはないのではないでしょうか。つまり、内容ごとに構成を考えた企画の手腕ということだと思います。

 「原稿持ち込みの作法」という章があります。日本では賞への応募が一般的で、持ち込みというのは(特殊な例を覗いて)奨励されていないそうなので、アメリカとの文化の違いを感じます。

 この本を通読したからと言って直ちに「ミステリーが書ける」ようにはならないでしょうが、執筆のおともに「Handbook」として参照するにはなかなか含蓄のある一冊だと言えそうです。


No.067

『サスペンス小説の書き方』

パトリシア・ハイスミス著坪野圭介訳 2022 フィルムアート社

感想:

 「この本はハウツー式の手引書ではない。どうすれば良い本、つまり読みやすい本が書けるかを説明することは不可能である。」(p.7)から始まります。確かに、“これさえ読めば誰でも小説が書ける”式の書籍を期待すると肩透かしをくらうかもしれません。ポイントが箇条書きで挙げられているわけでも、惹句が並んでいるわけでもありません。

 しかし、第1章「アイディアの芽」第2章「主に経験を用いることについて」と読み進めると、すぐにその面白さに引き込まれます。サスペンスの名手である著者さんの創作体験において、成功と失敗がいかになされたか、ゼロから小説を構成し発展させる作業がいかになされたかが次第に浮かび上がってきます。そして第10章『長編小説の事例―「ガラスの独房」』では、長編小説『ガラスの独房』を題材として、立ち上げから完成の様子が、それまでの章で説明されてきた道筋を辿り直して描かれます。

 サスペンス小説を念頭においてはいますが、作品を魅力的で高い駆動力をもたせるための創作論になっていますので、必ずしも他のジャンルの小説以外には役に立たないとは思いません。

 本書は手っ取り早くノウハウを知りたい人には向かないでしょう。小説を書くということが、苦悩と失敗と行き詰まりを含めた地道なプロセスであるということを理解したい方、その様子を疑似体験してみたい方にはうってつけの本です。



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