第2話

昔見た絵本で地獄というものが出てきた。

まだ小さいときには一体どういうものなのかが想像できなかった。

が、今なら、わかる。


親しかった友達。いつも元気に挨拶を交わしていた隣に住むおばさん。気難しいけど本当はやさしいおじいさん。

血だまりの中で横たわる彼らはもはや人ではなく物でしかない。

そうだ。これが、これこそが地獄なのだろう。

ふと何かボールのようなものが転がってきて少年の足に当たった。

見下ろすとそれと目が合った。

それは母親の絶望した表情の頭でーーーーーー





「あああああああああああああああああっ!!!」

跳ねるように上体を起こす。

どうやら自分はベッドで寝ていた……寝かせられていた…のだろう。

今のは、どうやら夢だったらしい。

「ここは一体?僕はどうしてここに……」

見渡すとそこは質素な小屋の一室だった。

窓からは朝日が差し込み、小鳥のさえずりが聞こえる。


「…喉が渇いたな。」

ふと水の流れる音がした。

窓の外に目を向けると少し離れたところに小さな川が流れてているのが見える。

立ち上がると右足の膝が少し痛んだが、膝には特に何もない。

「……?」

少年は部屋を出て、玄関らしき扉を探し外に出る。

木陰を流れている小川の横に跪き手で水をすくう。

夏も折り返しを過ぎたくらいだろうこの時期にとってまだそう暑くない朝といえど、水の冷たさがとても心地よかった。


ふと物音がし、上流へと顔を向ける。

上流のほうはより木々が生い茂っていてあまり先を見通せない。

何か、吸い込まれるようにしてそちらへと近づいていく。

木々の先、開けた先に池のように川幅が膨らんだ地形があり、その中に人影が見えた。


一糸まとわぬ姿の若い銀髪の女性だった。


体を洗うようにして川の水を桶でかけ流している。

不意に彼女と目が合った。

「ん、ああ、目が覚めたのか、おはよう。」

女性は穏やかに答えた。

遠目では見えなかったのだが、近くで見えるようになってわかる彼女の様子に思わず息をのむ。

彼女は透き通るようなきれいな銀髪に端正な顔立ちであり、細い腰と豊かな胸といった男女問わず誰もがうらやむほどの抜群のプロポーションを持っていた。

しかし、それ以上に彼女の体は新しいものではないものの、あちこちに傷跡があった。

刃物で切ったような切り傷の跡や、強く打ちつけられたような打撲の跡、何かの薬品をかけられたような跡など痛々しいものばかりだった。

特に目を引いたのは左胸から首筋にかけて伸びる菊の花のような形の痣だった。

いや、それは痣というほど生易しいものではなく、まるでひどい火傷跡のように毒々しい紫色であった。

「あの、あんまりじろじろ見ないでもらえるかな。」

「ご、ごめんなさい!」

慌てて後ろを振り向く。

「とりあえず話をしよう。もうすぐで行くから、小屋の中で待っててほしい。」

「は、はい。わかりました!」

足がもつれそうになりながら少年は急いで走り出した。

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十五夜草の勇者たち アッキー08 @akkie_f0t8

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