第29話 変わらない日々と、変わっていく日々


 あの夜から一ヶ月。

 巨大ゴーレム『レディオン』のことはデンガル邸に押し入った賊の仕業として処理された。別宅に住んでいたデンガルの妻と子が、事件を大ごとにしないでくれとクラインに懇願した為である。


 どうも妻子は夫デンガルと不仲だったらしく、この件を利用して障害なく子に爵位を継がせられると喜んですらいたとのこと。

 議会の協力を得て、国には『良い感じ』の報告をしてまとまったようだ。


 エフラディートは「惨めな末路になったもんだな」とデンガルに対して同情すら見せていたが、俺としては身内からの復讐を懸念する必要なさそうなこの結末に、ホッと胸を撫でおろすばかりだった。


 そちらが無事処理されたので、次は魔物の森に街道を作る話に話題が移っていった。

 小人さんの数がだいぶ減ってしまったのでどうするか、と頭を捻っていたら、ある日家の前に大量の『小人さんゴーレムコア』が袋入りで置かれていた。


 手紙が添えられてるわけでもなく、無造作に置かれていただけだったが、『影の者』頭目の仕業に違いない。俺から奪っていた分を返してくれたというわけだ。


 一連の行動から、頭目はまだまだリーリエのことを心配しているだろうことがわかる。 ならばこの先また、あいつと出会う機会もありそうだ。

 その際には礼を言いたい。そして誓おう、リーリエのことは俺が幸せにすると。


 あ、いや! ――別にラブとかそういう話ではなくてだな?

 あくまで俺自身への約束として、のことだ。


 リーリエ。

 そうリーリエは、あの事件以来さらに明るくなった。

 というか、小言が増えた……?


『お掃除の邪魔ですので少し家の外に出ていて頂けませんか。あと小人さんの調整は、小人さん小屋でお願いします』


『ダメですよ、お金がたくさんあろうとも無駄遣いは敵です。高価なアイテムを買ったところでずっと地下室にほっぽっておくだけなんですから』


『わかりましたかコヴェルさま?』


 という感じだ。最近は家事も家計も牛耳られてきている。

 まあ構わないけどな、食事は美味しいし。


「シチューのおかわり貰えるかなリーリエ」

「今日はたくさん身体を動かしてらっしゃいましたものね。大丈夫ですよ、たくさん作ってありますから」


 ホーホー、と夜鳥の声を聴きながら二人で囲むテーブルは、癒される。

 そこにエフラディートとクラインが加わり四人になることもあり、そんな夜は賑やかだ。


 クラインは今、精霊を使った自動清掃システムを街の一部で実験している。

 長時間はまだ難しいが、短時間での試験運用は成功を収めたらしい。


 ゆくゆくは国の許可を取って、運用規模を大きくしていくつもりらしい。

 ヘルムガドの枠を超えて、様々な街へ。


 そんな彼の元には、目ざとい商人やらが融資を申し込んできたりもしているとのこと。 彼の家の経済問題もほどなく解決するだろう。


 変化していく日常の中で、さてこの俺、コヴェル・アイジークはというと。


「感じる。あっちに隠し部屋があるぞ」

「え、まだダンジョンにも到着していないんですよコヴェルさま!?」

「だからそのダンジョンは、広く地下に広がってると思うんだ。時間を掛けるつもりでいこう、リーリエ」

「もう『目』どころの話じゃないです。完全に気配で察してるじゃないですか」


 そう。

 彼女の言う通り、『目』だけでなく全身で隠し部屋のことを感じられるようになった。 さらに言うなら『部屋』という枠に収まらず、『隠された』モノならなんにでもこの気配察知能力は反応するらしいことにも気が付いた。


『隠そう』とする『意思』の残滓がわかる、とでも言えばよいのか。


「……隠すために支払われた労力、エネルギーがわかる、といった感じなのでしょうか?」


 なかなか面白いことをリーリエは言う。

 確かにそんなニュアンスだ。


『隠す』という行為にはベクトルを持った意思、エネルギーが存在する。しかもその為に使われるエネルギーは、往々にして大きい。

 秘密とは、それ自体がエネルギーの塊なのかもしれない。


「そうだな。だから今の俺なら、リーリエがなにか隠そうとしても100%それを暴いてしまえると思うぞ?」

「私はコヴェルさまに隠しごとなんかするつもりありませんが……」

「さーどうかなぁ」


 俺は腕を組んで意地悪な顔で笑った。

 今の俺にはわかってしまう。

 最近彼女が俺にずーっと、なにかの隠しごとをしていることが。


「ちょっとやってみようか」


 リーリエの意識に向かって集中すると、奥に何かが光っているのがわかる。

 これは前にダンジョンで俺が見ていた『隠し部屋』の光と同じものだ。

 心の中には、誰しも隠し部屋を持っている。


 今の俺ならそれの鍵を見つけて開いてしまうことが可能だろう。

 俺は目を瞑って集中を始めた。


「えっと、なになに……?」


 リーリエの中にある、グルグルと渦巻く混沌の中から抽出したモノを、言葉という枠に当てはめていく。


「私は……、コヴェルさまの……」


 いいぞ形になっていく。もっとだ、もっと潜れ。


「ことが……」


 俺はリーリエの心の声を代弁しながら深く深く進んでいく。

 リーリエが俺に隠してること。それはなんだ?


「す……、き? え?」


 思わず目を開けると、真っ赤になったリーリエの顔がそこにあった。

 感覚でわかってしまう。当然これは、主従としての意味ではなく。――え?


 ボン、と。

 俺の顔も真っ赤になったに違いない。


 ――――。


 真っ青な空の下、俺たち二人は顔を真っ赤にして立ち止まった。

 俺はリーリエの『隠し部屋』から、とんでもないモノを掘り出してしまった。


 これがこの一ヶ月で一番大きな事件であり、変化だ。

 変わらない日々と、変わっていく日々。

 そのどちらをも、俺たち二人はこれからも一緒に過ごしていく。


 物語は、始まったばかり――。


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最後まで!お読み頂けましてありがとうございました!

127000文字弱、長かったと思います。ホント感謝感激雨あられ!

また機会がありましたらよろしくお願い致します!

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史上最悪なS級冒険者に虐げられていたエルフ少女を助けたら、実は超絶有能でした~万年D級の俺が、世界最強の冒険者になるまで~ ちくでん @chickden

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