第28話 グラモスの槍


 片腕のコアを心臓部に自ら移植した巨大ゴーレム、レディオンはゆっくりと立ち上がった。そして再び、歩き始める。


 デンガルの屋敷を破壊し尽くした奴は、次の屋敷を殴って壊し始めた。

 人々が逃げ惑う。

 上層階級が住む区画なので夜でも警備員は居るのだが、レディオンの巨体を前にして彼らはあまりにも無力だった。


 そんな光景を呆然と眺めていた俺は思い出した。

 そうだ、エフラディートは?

 彼女はやり手の魔法使いだ。不意を打たれたところで大してダメージを負っておるまい。


 ……と思っていたのだが。

 レディオンの腕に吹き飛ばされたエフラディートは、手足の関節をあらぬ方向に曲げ胴体から臓物をはみ出させながら、瓦礫の中に倒れていた。


「せ、先生!? コヴェルさん、先生が!」


 狼狽えた声で叫ぶクライン。

 当然俺も息を呑んだ。いやこれ死んだだろ!?

 間に合うか、と慌ててマジックポーチからエリクサーを出そうとしたのだが。


「いや平気。私は死なぬよ、というか死ねぬ」


 悲惨な姿と真逆の明るい声と表情で、エフラディートが折れ曲がった腕をヒラヒラさせた。口からは血をダクダク流し、ひゅーひゅーと空気の漏れた呼吸をしながら笑っている。


「大丈夫なのですか!? 先生!」

「そうかクライン、おまえも知らなかったな。私は若返りを繰り返して長きを生きているなんて言われているらしいがね、これは私の意思というより呪いの類だ。死にたくともなかなか死ねぬ、そういう身体だよ」


 近づいて見てみれば、傷口の肉がウジュルウジュルと動いて再生を始めていた。

 出したエリクサーを飲ませようとしたのだが。


「私にその類のポーションは効かないんだ。だからしばらく無力というわけだな。申し訳ないがコヴェル、あの巨大ゴーレムの後始末を頼む」

「頼む、と言われたって……」


 あのデカブツを?

 どうやってやればいい? 俺は自分が握っている剣を見た。


 リーリエが出してくれたこの剣は確かに切れ味が凄い剣だけど、所詮は剣なのだ。あのデカブツに対しては、足でも壊して時間を稼ぐくらいしかできそうもない。――だが。


 それでも、今この場で状況をどうにかできるのは俺しかいない。

 街の被害を抑えるのも、死者や怪我人が出ることを防ぐのも、俺以外の誰にもできやしない。


「やるしかないか」


 俺は剣を握りしめた。

 そうだな、かるーく街でも救ってやろう。

 別に俺は善人てわけじゃないが、ここで自分のことだけを考えられるほど割り切れる人間でもない。


 やるだけやらないと絶対ズルズル後悔するに決まってるんだ。

 だから、やる。


「時間はお稼ぎできるのですね?」


 リーリエが俺のことを見た。

 ん、思考の一部が口に出てしまってたのか? おいおい聞かれたら少し恥ずかしいことを考えていたってのに。

 俺は頭を掻きながらバツの悪い顔をしてみせた。


「あ、ああ。それは問題なく」

「でしたらコヴェルさま、それをお願い致します」

「時間は稼げるが……それでどうするつもりなんだ?」

「今は説明の時間が勿体ないです。急がないと街がどんどん破壊されてしまいます」


 それは、そうだ。

 どちらにせよ、まずはレディオンの足を止めなくちゃならないのだ。


「わかった行ってくる! なにをするつもりか知らないが、無茶はするなよ?」

「はいコヴェルさま」


 三人を置いて、俺はレディオンの元へと走り出した。

 声を出してこちらに注目させようとする。


「レディオン! おまえの主人だったデンガルが言ってただろ! おまえの使命は、俺を殺すことだったはずだ!」


 言いながら、足を斬りつける。

 修復機能持ちだからな、一点に集中して斬りつけないと効果的な結果を得られない。


 俺は先刻と同様に、足首の関節を集中的に狙おうとした。

 ところが。


「なんだこいつ……?」


 レディオンが足を振り始めた。足を避けながら関節に狙いを定めて斬りつけるのが、なかなかに難しい。


「くっそ、学習してやがる……!」


 レディオンの頭が俺ことを見下ろした。

 これも学習のお陰と言うべきか、どうやら俺を敵だと認識させることには成功したようだ。屋敷を壊していた手が止まり、レディオンが巨体ごと俺に向きなおる。


「結果オーライ。……よしレディオン、俺はおまえの敵だぞ? 構ってくれ」


 持ち上げられた足が、俺の頭上に落ちてくる。

 踏み潰そうとしているのだ。それをなるべくギリギリで避けてみせる。


「惜しい惜しい、もうちょっとで俺を踏めるぞ? もう一回やってこい」


 いざとなれば『迅速の靴ダッシュブーツ』に魔力を込めて逃げることだってできる。この攻撃を避けてるだけで時間を得られるなら楽ができると言うものだった。


 避けながら適当に剣で斬りつけ、反撃をしているフリもする。

 どうだ俺は必死だぞ? もっと踏んでこい。


 このまま時間を潰せたらいいのだが。

 だが、やはりというか、そう甘いものでもなかった。


 しばらくはこのやりとりを続けてられたのだが、続けても俺を踏み潰すことはできないと気づいたのだろう、レディオンはまた俺を無視して屋敷を壊し始める。

 俺が奴に大したダメージを与えることができないことにも、同時に気づかれてしまったようだ。


「学習能力高いな、おい!」


 どうする、なにか良い手はないものか。

 このままでは街の被害が広がるばかりだ。どうにかしてこいつの動きを止めないと。


 しばらく足首を狙いながら、俺は考えた。

 もしかしたら通じるかもしれない、と思える方法を思いついたのは、ようやく一回足首を壊し、レディオンの膝をつかせることに成功した頃だった。


 どうせすぐに自動修復されてしまうのだが、その前に俺は小人さんたちを10体選出して命令を下す。

 うまく行けば、効果があるはず。

 小人さんたちはレディオンの身体に纏わりついた。


「コヴェルさま!」


 とリーリエが走ってくる。


「なに考えてるんだリーリエ! 来るな、邪魔になるだけだ!」

「武器を! 武器をお取りください!」

「なんだって?」


 俺は怪訝な顔をしたに違いない。

 仕方ないだろう、リーリエが妙なことを言い出したのだ。

 俺は彼女の出す武器をもう持っている。


「さっきの経験を通して、私は私の中にあるモノの機能を一部把握しています。現状コントロール可能な範囲で武器を検索した結果、この巨大ゴーレムを破壊できるものを見つけました」

「え?」

「お取りくださいコヴェルさま、今ならお渡しできます!」

「ば、馬鹿! こんな衆目があるところでそんなこと!」


 できるはずがない。

 俺はリーリエの秘密を守らなきゃならないのに。


「大丈夫ですよ、周りの皆さんはゴーレムにしか目が行ってません。バレたりしません」

 リーリエは笑っている。――が。

 嘘だな、当人もそんなことを信じてないはずだ。


 俺は周囲を見渡した。

 ほら見ろ、レディオンと戦っている俺は間違いなく注目の的だ。視線が集まっている。 皆、心配そうな顔で俺とレディオンの戦いを見守っている。


「わかるだろリーリエ、バレないはずがない!」


 よしんば武器を取り出したとしても『なにが起こったのかわからない』と落ち着く可能性はある。だがダメだ、そんなリスクは犯せない。


「言ったはずだぞ、俺はおまえを幸せにするし、その為に秘密も死守すると!」

「ありがとうございますコヴェルさま。でも、この場は私がやらないと」


 リーリエは変わらず笑っている。

 俺は戸惑った。


「違うだろおい! おまえは父親のことを大事に思っていて、だから親が望んだとおり、自分が幸せになることを自分に課していて! ……そのためにちゃんと利己的になれる女の子だったはずだったじゃないか」


 ――そんな自己犠牲的な発想はやめてくれ。

 俺はしょぼくれた小さな声で、そう言った。


「いま、この場を収拾できるのは『私たちだけ』ですから。コヴェルさまもわかってらっしゃるでしょう? 私たちがやらなかったら、街に大きな被害が出て、死者も出る」

「リーリエ……」

「お父さんにいつまでも胸を張れる自分でありたいのです。でもそれ以上に」


 彼女はまっすぐに俺を見た。


「コヴェルさまの為です。貴方は利己に徹するには甘すぎますから」


 だからここでやれることをやらないと、絶対にあとで後悔しちゃいますよ? と。


 ――はは。

 と俺の口から思わず笑いが漏れた。


「やっぱりさっき、声に出てたか?」

「はい。お優しい心の声が、しっかりと」

「忘れてくれよな、恥ずかしい。優しいんじゃない、甘ちゃんなんだ」

「私は誇らしいですよ。良いじゃないですか、甘ちゃんでも」


 俺たちは二人で少しの間笑いあう。

 足首の修復が済んだのだろう、レディオンが立ち上がろうと片膝をついた。


「小人さんたち!」


 俺が声を上げると、レディオンの身体に取り付いていた10体の小人さんたちが、俺の新たな命令を実行する。


 俺は彼らに告げた。

 レディオンの中にあるゴーレムコアとの連携を試みろ、と。


 それはレディオンのコアにとって、ノイズとなるはずだ。

 人工知能がノイズを補正するまでのしばし、時間が稼げるのではないかと俺は予想した。


 そして結果は、予想通りだ。

 レディオンは片膝をついたまま、動かなくなった。

 この時間内で、ケリをつける。


「いくぞリーリエ!」

「はいコヴェルさま!」


 俺が握っていた剣が光の粒子となって彼女の胸の中に戻っていく。

 すかさず俺は、彼女の中に腕を突っ込む。

 ズボッと、中から出てきたのは小型の『銃』だ。


 その銃は、前世でいうところのデリンジャーのように小さい。

 手のひらの上に乗ってしまう程度であり、重さも軽かった。


「これは……?」

『お答えしますご主人さまマスター。型番SC-01、高高度からの小型サテライトキャノン。通称グラモスの槍の携帯型照準器です』


 突然無表情となったリーリエが答える。


「おいおい! 威力は? 一面消し飛んだりしないだろうな!?」

『威力を抑え制御術式を組み込んだ精密射撃型です。ご心配なくご主人さまマスター。300メートル後方に下がり、照準器を構えて敵を補足してください』

「あ、ああ。わかった」


 俺はリーリエと一緒に下がると小銃を構えた。

 すると網膜投射なのだろうか、視界にレディオンまでの距離などの数字が映し出される。


『照準、前方の大型ゴーレム。自動追尾オートサーチャー同調、敵を補足完了しました。魔力の充填を始めます。カウント10、9、……』


 抑揚のない声でリーリエがカウントを始めた。

 俺は唾を飲む。サテライトキャノンだって? この空の上に、そんなものが浮いてるのかこの世界には。


 いったいどういう世界なのだろう。

 リーリエの秘密を追っていくことで、いずれ明らかになるのだろうか。

 不謹慎ながら俺は、ちょっとワクワクしていた。


 わからない、は楽しい。


『3、2、1、撃てます』


 俺はトリガーを引いた。


 一瞬の後。

 視界が真っ白になった。


 だがそれだけで、爆風も、爆音もなかった。

 なにもなかった。


 レディオンの巨体もそこになければ、屋敷の残骸もそこには無くなっていた。

 ただただ平地となった地面が、そこには広がっていた。


『次元干渉システムによる重力コントロール、成功。影響を極小ミニマムに抑えました。術式制御、終了。管制システムを解除して全ての開放弁を再封印、自我を戻します。お疲れさまでしたご主人さまマスター


 カクン、とリーリエの頭が揺れたかと思うと、目を覚ましたかのように普段のリーリエが話しかけてきた。


「うまく行ったみたいですね、コヴェルさま!」

「そうだな、どうにかなったようだ」

「よかった……!」


 リーリエが俺に抱きついてくる。

 柔らかい華奢な身体は、こんなときなのに良い匂いがした。

 なんでだろうな、汗まみれ、血まみれな彼女なのに。


「……泣いてるのか? リーリエ」

「はい」

「なんで泣いてるんだ?」

「わかりません、突然に色々あって。頭が混乱しているみたいです」

「そっか」


 そうだな、そういうときもある。

 今晩は本当に色々なことがあった。俺だってそうだ、疲れた。だけどしみじみ、なにか嬉しい気持ちが込み上げてくる。

 なんだこの充実感は。安堵の気持ちに包まれた妙な居心地の良さ。


「コヴェルさん!」


 クラインがエフラディートに肩を貸しながら歩いてきた。


「ありがとうございます、お陰さまで街の被害を最小に抑えられました」

「済まないなコヴェル、尻拭いさせてしまった」


 二人がそれぞれに掛けてきた声が少し遠い。

 気がつけば、俺たちは人に囲まれていた。響き渡る歓声、拍手、喜びの歌。

 皆が口々に俺たちを讃えてくれている。


「もう身体は大丈夫なのか? エフラディート」

「まだうまくはないな。まともに動けんよ」

「そうか、俺もだ。なんだか身体から力が抜けきったみたいだ」

「おまえさんは、ほっとしてるんだろうよ。リーリエを無事取り戻せたことに」


 ああそうか、俺はほっとしていたのか。

 リーリエを取り戻せたことに。


「聞いたかリーリエ、俺はほっとしているらしいぞ」


 言って苦笑する。

 案外自分の気持ちなんてのも、わからないものだ。

 指摘されてみれば、それ以外の答えなんてないとすぐわかるのに。


「コヴェルさま」

「なんだリーリエ?」

「そういうことを言葉にしてくださるのは嬉しいのですが……」

「ですが?」

「あまり言いすぎないでください。私が調子に乗ってしまいます」


 へえ? いいじゃないか。


「どんどん調子に乗ってくれ。見てみたいね、それでついラインを超えてしまうリーリエを」

「いやです」


 俺の腕の中で、プイと横を向くリーリエ。

 なんだこいつ、かわいいな。


 と、リーリエの顔が、みるみる赤くなっていく。


「ん? どうした?」

「声に出てたぞコヴェル、『なんだこいつ、かわいいな』ってな」

「ふう。コヴェルさんは、なかなか女性殺しかもしれませんね」


 エフラディートとクラインが楽しそうに。

 あ、ヤバい。いま俺も顔真っ赤になってそう。


「あはは女殺しは良いな、どう思うよリーリエ」

「もうエフラディートさまはっ! ……知りませんっ!」


 身体を離し、二人で俯く俺とリーリエ。


 わぁぁぁあーっと。

 俺たちを冷やかすかのように周囲の歓声がひと際大きくなった。


「コヴェル! コヴェル! コヴェル! コヴェル!」

「リーリエ! リーリエ! リーリエ! リーリエ!」


 朝焼けにはまだ早い、黎明の時間。

 東の空が白々と明け始めた空に向かって、歓喜の声が上り続けたのだった。


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