第27話 レディオン


「えっ?」


 俺たちは呆然とその光景を見ていた。

 レディオンと呼ばれた巨大な人型のゴーレムが(金属質なソレは、俺の知識で言うと巨大ロボットというニュアンスが近い。なにせ10m超えだ)、主人であるはずのデンガルを踏み潰したのだ。


 リーリエと顔を見合わせてしまったのは、最初はなにかの罠か勘違いかとも思ったからだ。あまりにもあっけない。


「だ、旦那さまぁーっ!」


 遠巻きにしていたデンガルの使用人たちが、キャーキャーと騒ぎだした。

 彼ら彼女らの反応もまたゆっくりだったのは、俺たちが顔を見合わせた理由と似ていたに違いない。


 燃えている屋敷をさらに破壊していくレディオンは、特別俺たちを敵として認識してる風もなかった。

 死ぬ前にデンガルが命じた「俺たちを倒せ」の指令が実行されてない辺り、奴の中ではなにか不具合が生じているのだろう。


「コヴェル! リーリエ!」


 と、背後から掛けられた声に振り向いてみると、そこにはエフラディートとクラインが居た。「お二人とも無事だったのですね!」とクラインが俺たちの姿を確認して、胸を撫でおろす。


「なんだあの巨大なヒトガタは。デンガルはどうしたんだ、説明しろコヴェル!」

「デンガルの奴は……」


 乞われるままに説明した。

 デンガルはあの巨大ゴーレムに潰され、主人の居なくなったゴーレムが好き勝手やっている最中だと。


 ざっと説明を終えた後に俺はエフラディートに聞き返す。


「おまえらこそ、なんでここに来た。巻き込まれたら政治的に不味いんじゃないのか」

「友人の危地を座して眺めるほど薄情ではないぞ。なあクライン」

「当然です!」


 二人は臨時に議会を招集して、俺とデンガルの騒ぎを双方が合意の上で行った『私闘』として処理してきたのだと言う。

 リーリエが呆れ声で応じた。


「よくデンガルさまの派閥までも説得できたものですね」

「そうだな。クラインに付いてる議員はともかくとして、敵対派閥だろうに」

「敵対してようがなんだろうが、あんなに派手にリーリエを誘拐していったんじゃあな」

 聞けばリーリエの誘拐に関しては、わざとかと思えるくらいに目撃証言も証拠も多かったのだと言う。


「……ちっ、あの野郎」


 俺は黒ずくめの頭目を思い出して、苦笑した。


 なにが『本当に殴り込んでくるとはな』だ。

 最初から証拠を残しまくって、俺が来ることを期待してたに違いない。

 くそ。こんなの礼を言わざるを得ないじゃないか。

 機会があれば、だが。


 エフラディートは続けた。


「だから話は簡単だったよ。脅してなだめて少しの得を提示しただけだ。コヴェル、おまえさんが提示した『森に街道を作る』という事業にうまく噛ませてやる、と言ってな」


 そのとき、ドオォォォン! という轟音が響く。

 暴れる巨大ゴーレム『レディオン』が屋敷の武器庫でも破壊したのだろうか、大きな火柱が立っていた。


「おいコヴェル! あいつ、他の屋敷へと歩き始めてないか?」

「ああ。デンガルの屋敷を破壊し尽くしたらしい」

「エフラディート先生、どうにか止めないと街に被害が広がってしまいます!」

「不味いな。規模が大きくなったら、この件をただの『私闘』で済ますこともできなくなるぞ?」


 それは困るな。

 せっかくクラインとエフラディートが『言い訳』を作ってくれたのに。


「止めようエフラディート。リーリエ、このまま剣を借りていくぞ」

「も、もちろんそれは構わないのですが……、あんな巨大なもの相手に、それで平気なのですか」

「平気もなにも、あるモノでどうにかするしかないしな。リーリエとクラインはここに居ろ、奴に近づくなよ」


 俺とエフラディートは、レディオンの元へと走った。

 走りながら魔法を放つエフラディート。迸った雷撃は、だがレディオンの表面を滑りながら拡散していった。


「雷耐性付きか!」

「足を攻撃して動きを止める! 身体強化を頼む!」


 レディオンを見上げながら足元に走り込んでいくと、後方から俺に向かって強化魔法が飛んでくる。『身体能力アップ』『硬質化』『高速化』、豪華なトリプルセットだ。


 俺はレディオンの足首関節部に剣を振った。

 一振りでは浅い。二振り、三振りと、関節を狙って集中的に斬りつける。

 足首から崩れた奴が、崩壊した屋敷の上に転ぶ。


「今だエフラディート!」

「おうとも!」


 エフラディートが魔法の詠唱を始めた。

 長い詠唱だ、大魔法なのだろう。額に汗が滲み、半目の両眼が集中の為に視線を失っている。目になにも映さずに、内へと意識を向けているのだろう。


 壊れたはずの足首が再生を始める。

 修復機能も備えているのか。さぞ高次元な研究の末に生み出されたゴーレムなのだろう。デンガルには才能があったのだ。

 その才能にだけ邁進し続けてくれていれば、こんな結果にはならなかっただろうに。


「コヴェル、ゴーレムコアはだいたい心臓部に置かれることが多いのだったな?」

「そうだな。人を模した構造にすることで『形』に意味が生まれるんだ。普通はコアを心臓の場所に置く」

「じゃあ、この魔法で貫く」


 土が、瓦礫が、岩や石が渦を巻きながら舞い上がった。

 それらはくっついて、空中に巨大なドリルの形を作り出した。


 だがそれでは終わらない。

 次にはその巨大だったドリルが小さくなっていくのだ。

 集まった物質が、ギチギチに圧縮されていく。


 最初は家くらいの大きさをしていたドリルがギュウギュウと小さくなっていき、ついには人差し指ほどの大きさにまで圧縮されたのだ。

 そのガチガチの小さなドリルを、エフラディートが射出した。


「喰らえ」


 ――チュン。と空気を切り裂く音が響いた次の瞬間。

 無音でレディオンの胸に大穴が開いた。

 轟音が響いたのは、一瞬あとだ。ドオォォォン! と。


「おわああああああっ!?」


 衝撃波が広がり、かつて屋敷だった瓦礫を吹き飛ばす。

 俺も同じく吹き飛ばされた。魔法で自身を守っていたエフラディートが吹き飛んだ俺に手を差し伸べてくれたので、それを握る。


「やりすぎだろ、バカエフラディート!」

「あんな大物、一撃で終わらせた方がいいに決まってる!」


 胸に大穴を開けたレディオンが、ゆっくりと倒れた。

 ズシィィン! という地響き。

 離れていたリーリエとクラインが走ってきた。


「コヴェルさま、大丈夫ですか!?」

「やりましたね先生!」


 これで終わりか。

 大きいがあっけなかった、と言うよりはエフラディートの魔法が凄かっただけだろう。 俺がそう褒めると、彼女は「街中だからだいぶ威力を加減したのだがね」などと満更でもなさそうに謙遜する。


 クラインも「さすが先生です!」などと褒めるから、にやけ顔のエフラディートになってしまう。冒険者ギルドの長にして若返りの呪法で長きを生きている年長者としての威厳は全くない。

 俺とリーリエは、顔を見合わせて苦笑した。


 エフラディートが倒れた巨大ゴーレム、レディオンに近づいてこういった。


「デンガル殿か。なかなか面白い物を作る男だったのだなぁ、惜しい話だよ」

「そうだな。俺も同じことを思ったよ、ままならないものだとな」


 死んでしまった者を悪く言う気にもならず、俺も頷いた。

 横で複雑そうな顔をしているリーリエの肩に手を置く。


「気にするな。デンガルの奴は自業自得だ、結局おまえが手を下すまでもなく勝手に死んじまった」

「……はい」


 俯き加減に笑ってくれたのは、俺の慰めを受け入れてくれたということなのだろうか。 ともあれ生きている俺たちには、この事件の処理も待っている。想いに浸ってるときなどないのだ。


 俺は足元に寄ってきた108体の小人さんを眺めながら苦笑した。

 そうだ面倒なのはここからだろう。減ってしまったこの小人さんたちで、森の魔物を効率よく狩る方法も考えなくちゃな。


「うがぎゃっ!」


 エフラディートの苦悶の叫びが響いたのは、そんな先々に俺が想いを馳せていたときだった。


「先生――ッ!?」


 クラインが叫ぶ。

 見れば彼女の身体が宙を舞っていた。

 突然動き出したレディオンの腕部が、エフラディートの身体を吹き飛ばしていたのだ。

 コアを潰しただろうに、なぜ動く!?

 どういうことだ、コアが心臓の場所になかったのか? いや、ヒトガタであるレディオンを効率よく動かそうとする以上、胸にコアを埋め込むのは必須条件だろう。

 じゃあ、なぜ?


 そこまで考えたときに、俺はハッとした。

 あんな巨大なゴーレムを動かす為の巨大コアなんか、見たことがないことに。


 動かせるゴーレムの大きさは、ゴーレムコアの大きさでだいたい決まる。

 小型コアである小人さんのゴーレムコアのように、古代の失われた技術を使われたアーティファクトに類する大きなコアを使っているのだろう、と思い込んでいた。

 だがもし、そうでないとしたら?


 普通の大きさのゴーレムコアを使って、あの大きさのヒトガタゴーレムを動かすとしたなら、俺はどうする?


 ――答えはある。

 頭、胸、腕、足、それぞれにゴーレムのコアを埋め込んで、動きを連携させる。

 これは俺が小人さん部隊にリーダーを据えて連携させて動かしていたのと、似た発想だった。たぶんレディオンは頭が司令塔で、コア同士を連動させて全体を動かしていたのだ。


「コヴェルさま、あれを見てください!」


 リーリエの声に、我へと返った。

 見ればレディオンが自分で自分の片腕を折り、エフラディートの魔法で空洞となった胸部にそれを詰め込んでいる。


「腕部コアを心臓部コアの代わりにしようというのか……?」


 驚いた、そんなことまで出来るのか。

 デンガルはレディオンを人工知能搭載型ゴーレムと言っていた。これが知性による問題解決だとしたなら、すごい。


 片腕を失ったものの、レディオンはその巨体でまた立ち上がったのだった。


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