第26話 コヴェルとリーリエ
背に金属の翼、両腕に武器を生やした異形の姿。
廊下の中央に立つその後ろ姿はしかし、確実にリーリエだった。
彼女は今まさに、目の前で倒れているデンガルにトドメを刺そうとばかりに右腕から生えたブレードらしきものを振り上げている。
『
咄嗟に俺は足に魔力を篭めた。超速で走り込み、リーリエとデンガルの間に割って入る。姿勢を整える間もなく剣を伸ばし、リーリエが振り下ろした肘ブレードを弾き飛ばす。
「間に、合った……!」
ギリギリだ。
自分が肩で息をしていることに気が付いたのは一瞬あとのことだった。
どれだけ必死だったんだよ俺。
デンガルの奴を庇うように立った俺に、後ろから歓喜の声が上がる。
「おお! おお! おまえはコヴェル、さすがS級冒険者じゃ!」
「うるさい、これはどういう状態なんだ。説明しろ!」
「わ、私にもわからんわい! この小娘が突然バケモノになって襲ってきたのじゃ、私は被害者だ」
「被害者が聞いて呆れる! リーリエを攫っておいて!」
「いや、それは……!」
畜生、なんで俺はこんな奴を庇ってしまっているんだ。
一瞬後悔しそうになったが、理由なんて簡単だ。
「リーリエ、自分がやってることがわかっているのか?」
「わかッテ、まスよ……?」
「いやわかってないだろう。貴族殺しは重罪だ、確実に死罪。逃げても下手すりゃ一生追われることになる」
「だかラ、わかって、マス」
表情の乏しい空虚な目で俺を見るリーリエだった。
この状態の彼女には見覚えがある。また変なモードになっているんだろう。
「どいテ、くだサイ、コヴェルさま。その人を、刺せまセン」
ぽっかりと空間に穴が開いているような目で、そんなことを言う。
俺もデンガルに目にもの見せてやるつもりだったが、そんな気持ちが一気に吹き飛んで冷静になってしまった。
こういうときは、先に狂われるとブレーキが掛かってしまうものなんだな。
「説得しろ、その小娘を! そしたら幾らでも報酬を――」
「うるさい黙ってろ!」
「ぴゃっ!?」
「俺はおまえの為にここに立っているわけじゃない。ガタガタ震えて神にでも祈っているか、それが嫌ならさっさとこの場から立ち去れ! 邪魔だ!」
後ろ回しに剣を振り、俺は奴の髭の先だけを切った。
喋られると腹立たしい。消えろ豚め。
「ぴゃあぁっ!」
腰を抜かしたようなへっぴり腰で、ヘコヘコと廊下を去っていくデンガル。
追いかけて歩きだそうとするリーリエの前に、俺は立ちはだかる。
彼女は俺をじっと見つめた。
「なゼ、邪魔をなさルのですカ、コヴェル、さマ」
「だから、奴を殺したらおまえはこの先一生――」
国に追われることになる、と言いさして、止まってしまった。
いや……違うな。そんな理由じゃない気がする。何故だろう。
「スマン。なんで俺はおまえを止めてるんだろう」
「自分デ、自分ガ、わかラないのデスカ」
「……そうなる」
「あの男ハ、私のチチの仇でス。私には、あの男を追う、資格がありマス。違いますカ?」
「あると思う」
ああそうか。それを知ってしまったんだ。
彼女は今、父親の復讐の為に動いている。彼女には資格がある。だけど。
「わかってイテ、そこに立ツ、意味が理解できマセン」
「それでも俺はイヤだと思ってしまったんだ」
ああ、単純だった。話をしていると自分の気持ちがわかってくる。
「俺はおまえに、人を殺して欲しくない」
俺はとんだ甘ちゃんだ。
笑ってしまうくらい甘ちゃんだった。そんな理由だけだった。俺はリーリエに、人を殺させたくないだけなのだ。
俺は殺人に忌避感がある。
この世界で人の命は安いはずなのに、俺の中でだけは高い。
転生者だからな。前世の甘い価値観が、魂に刻まれてしまっている。
「……コヴェルさまハ、ニードさまに『次はない』と仰っておりましタ。『次は殺ス』と」
それは本気だ。
あのときその覚悟をした。黄金鎧のニードが再び俺たちにちょっかいを出してくるなら、躊躇うことなく奴を殺す、と。だけどそれはそれとして、
「それでもだ。俺はリーリエには人殺しをさせたくない」
「随分、自分勝手デス」
「その通り、俺は自分勝手だ。知らなかったとは言わせない」
「知っていまシタ。ならバ、このうえは」
リーリエは少し腰を落とし、
「どちラが勝手を通スか、チカラで説得しあいマショう」
右腕のブレードを構えたのであった。
◇◆◇◆
『タイプ:リーリエの中に、
『現在システム中枢がタイプ:リーリエの感情パラメータに侵食されています。彼女が承認を却下しました』
おいおい。
リーリエの中でも大きな問題が起きてるぽいじゃないか。
いったいどうすればいいんだ。
ブレードで攻めてくるリーリエの動きは、これが彼女の動きか? とビックリするほど鋭かった。剣で受け続けるのは危険かもしれない。そう思わせられるほどにスピードと力が凄まじい。
時折混ぜられる左手の細いレーザー攻撃は、当たりこそしないが牽制にはなっている。
しかもその牽制で、屋敷が燃え始めた。
俺を外したレーザーは当然屋敷の中を焼いたのだ。
これはいかん。外に出ないと。
俺はリーリエのブレードを受け流しながら走る。彼女が追いかけてきた。
ゆっくりと、ではない。背中の翼を羽ばたかせて、直線的だが素早い動きをし始めたのだった。
必死になって『
微細なコントロールは難しい靴だから、本当はこういう拮抗気味の場面では戦闘に使いたくないのだが仕方ない。
神経も魔力も削られてしまうが、ともあれ今は屋敷の外を目指す。
逃げながらたどりついた広い場所は、屋敷の正面玄関前だった。
燃え始めた屋敷を不安な顔で眺めているのは、使用人たちだ。
広い屋敷だけあって、仕えていた者も多いのだろう。
「俺たちから離れてくれ、みんな!」
俺が声を上げると、皆遠くに散っていく。それでも逃げ去るわけではない。
使用人たちは心配そうな顔で、俺たちの戦いと燃えてゆく屋敷を見守っていた。
リーリエは跳び、走り、レーザーを撃ち、俺を攻撃してくる。
彼女の翼は長く飛ぶことはできないらしいが、それでも三次元的な攻撃を混ぜられることは厄介だった。
「小人さんたち!」
気が付けば俺の元へと戻ってきていた小人さんたちに、砲台モードへとなってもらう。
リーリエが飛んだときは、レーザー照射でしつこい牽制を頼むことにしたのだ。
そこまで自在には飛ぶことができないらしい彼女は、小人さんたちの牽制を嫌がり、やがて飛ばなくなった。
その代わりに激しくなったのは、右腕部にあるブレードによる攻撃だ。
何度目かのアタックで、俺の剣が折られてしまった。
「まダ、戦い、マスか?」
「もちろん」
俺は腰のマジックポーチから新しい剣を引っ張り出す。
「武器なら俺自身もたくさん持っていることを知ってるだろう?」
「わかりましタ、全て、折り尽くしまス」
ブレードが青白く光り始めた。
あれは、彼女が出してくれる『片手斧』と同じ光だ。
案の定、ブレードを受けた俺の剣が、スパッと切られてしまう。
すごい切れ味だった。相手にするとここまで厄介な武器なのか。
ふん、だけどまだまだ武器はあるぞ。俺はマジックポーチからどんどん新しい武器を引っ張り出す。
幾度目かにブレードで剣を切られたとき、彼女の中の何かが言った。
『
「求めますって言われたって……」
俺がいま持っている剣ではどうにもならない。
逆に武器を壊されてばかりなのだ、さあどうする。
俺が困って苦笑していると。
「諦めテ、退いてくださイ」
ブレードを振りながらリーリエが言った。
「いやだね」
「少し、退いてくださルだけデ、いいのでス」
「絶対いやだね」
この世界で生きていくにあたり、チカラの行使は必要なことだ。
自分の身を自分で守るためには、舐められたらいけない。
彼女はデンガルに思い知らせる必要がある。それは、わかる。
だから俺は。
「リーリエ、おまえがデンガルを殺すまでしないと誓うなら、俺は退く」
「…………」
「それができないなら、退けない」
彼女の父親だって、娘が怒りに任せて一線を超えることなんか望むはずない。
だってそれは、幸せへの道じゃないのだから。
人を殺せば、どんな理由であれきっとその事実に呪われる。
「おまえ、自分と約束したんだろう? 自分を守ろうとしてくれた父の為にも幸せになるんだ、と」
そうだ。そして俺も俺自身に約束した。
彼女を幸せにしてみせる、と。だから、ここは退けない。
剣を折られて、また新しい剣を出す。
彼女が折ろうとしてるのは、きっと俺の心だ。それがわかってるから、俺は努めて平然とした素振りでマジックポーチから武器を出し続ける。
俺はリーリエの目を見つめて、問うた。
「デンガルを殺した、とおまえはお父さんに笑顔で報告できるのか?」
「え?」
「仇を討ちました、お父さんのために人を殺しました。娘にそう報告されて、笑顔で喜ぶ人なのか、おまえの父親は!?」
「私ノ……お父サん、は……」
リーリエの表情が崩れた。
無表情だったその眉間に、一本のシワが寄る。
「そういう人じゃないはずだ、おまえを見れば一目でわかる。『お父さんの為にも、いつかきっと幸せになります』、そんな誓いを立てる子を育てた人が、そんな報告を喜ぶはずがない!」
隙ができた。
彼女の動きに、初めて動揺が走ったのだった。
俺は、右腕を伸ばす。
「くあぁぁあああぁあっ!」
リーリエの胸の中心に、腕を突っ込んだ。
そして中にあったものを握りしめる。出てきたのは、剣だ。長い剣だった。
斧と同じに持ち手にトリガーがあった。それを引くと、長剣の剣身が青白い光をまとった。
「リーリエェェェエエーーーーッ!」
彼女の名を叫びながら、俺はひと呼吸でリーリエの身体から析出していた武器と翼を斬り裂いた。
「あっ!?」
みるみると、リーリエに表情が戻っていく。
いつもの彼女になっていく。
「俺はおまえにさせないぞ、お父さんが悲しむような報告を!」
「……でもっ! でも!」
聡明な、リーリエ。
「私は憎いんです、あの男が! この気持ちは、どうしたらいいのですかコヴェルさま!」
――だからこそ葛藤してしまう、彼女に。
「俺が手伝うよ」
俺は微笑んでみせた。
「おまえ行き場のない苦しい気持ちを一緒に供養させてくれ」
「どう……やってですか」
「ずっとずっと、一緒に居る。楽しいこと面白いこと、ワクワクすることで、リーリエの中を埋め尽くす」
「ダメです。それでも苦しい気持ちを忘れることはできません」
リーリエは辛そうに首を振る。歯を食いしばって、涙を流していた。
俺には彼女の気持ちを本当の意味で理解することなんてできない。
俺にできることは、それでも知りたいと思い続けることくらいだ。
ずっと、ずっと。いつまでも。
「忘れなくていい、忘れられるはずなんてないんだから」
「コヴェル……さま」
「それでもいつか、そんなこともあったねと言えるようになる日がくるかもない。その日まで――」
俺はリーリエの身体を抱き寄せる。
彼女は、ビクン、とその身を強張らせた。
「おまえの半分を、俺に背負わせて欲しいんだ」
華奢な身体。
力を込めたら砕けてしまいそうな、儚さを纏った身体。
緊張に強張っていたその身体が俺の腕の中で、少しづつ溶けていく。
「……いいんですか? 私、本当はわがままなんです」
「そうなのか?」
「はい。きっと、凄いたくさんコヴェルさまに注文をつけてしまうと思います」
「なんだ。そんなの、これまでと一緒じゃないか」
「もっと、もっと、たくさん注文つけちゃいます」
俺は笑った。
「いいぞ。甘えてくれ」
リーリエは顔を真っ赤にしながら。
「……はい」
と小さな声で呟いたのだった。
◇◆◇◆
「ふーはははあぁぁあーーっ!」
燃え盛る屋敷を崩しながら、巨大な人型、全長で10メートル以上はありそうなゴーレムが現れた。
その足元には、デンガル。
「好き勝手してくれたな小娘、小僧! お陰で屋敷もボロボロ、ひどい損害だ!」
「デンガル……」
「コヴェル、そもそもおまえが全ての元凶だ! おまえが出しゃばったことをしなければ、全て平穏だったのだ!」
そんなことを言われてもな。
利害を掛けて俺たちは争っただけだ。こんなの、いくらでもある話だろうに。
「まだ試験中だったが致し方ない。人工知能搭載型の超大型人型戦闘ゴーレム『レディオン』の動作試験を兼ねておまえたちを成敗してくれるわ! いけレディオン、あの二人をやってしまえ!」
大声で命令をするデンガル。
しかしレディオンは動こうとしない。
「なにをしておるか、動け! 動け! 標的はあの二人ぞ!」
レディオンが軽く下に首を向けた。
叫び続けるデンガルを見つめるように、その顔をでっぷりした貴族の男へと向け続けた。そして。
「なに私ばかりみておるのだ! 敵はあちらに――ペギャ」
レディオンは足を少しずらし、デンガルを踏みつぶしたのだった。
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デ、デンガルー!!
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