壊都市「ブレーコート」

『ブレーコート』

国を出ることに、躊躇い自体は然程無かった。


"彼女"の言うことを信じていない点においてのみが、私と故郷の人々の共通項だったのだ。

強いて繋がりがあるとすれば家族との血縁だが、あの人達は私を疎ましく思っていそうだし私自身彼らのことを家族とは認識していない。


"彼女"と関わって、田舎では家畜の糞ほども価値のない娯楽小説を書くような輩には、あの場には元々存在価値などないのだ。


"彼女"も私以外には国に未練も無いようで、出立の日は直ぐに訪れた。


ただ、故郷への情は限り無く無いとはいえ、幾ばくかの感傷程度は持ち合わせているつもりだ。

同じ屋根の下で暮らしていた人達に別れを告げて扉を出た時、不覚にも涙が出てしまった。


"彼女"は不思議がっていたが、これが人という生物だ。

感情は、理性の統治下にあるわけではない。



閑話休題それはともかく



これから私達が向かうのは、壊都市『ブレーコート』。


私の故郷から馬車で四日の位置にある、過去の遺物を大量に抱えた古代の都市だ。

そこにある物や建造物の希少性から長年保護管理を名目に門を閉じていたが、今日の秩序なき世にそんなルールはないにも等しい。

財宝や芸術品は誰かがあらかた持っていってしまったそうだが、幸い建造物は綺麗なまま残っているそうだ。


"彼女"が見てきたもの、これから見るものを通して"彼女"の考えを知るのがこの旅の目標な訳だが、こんなところに来てわかるのかしらんと終始首を傾げる羽目になった以外は、特に問題もなく『ブレーコート』へと辿り着いた。



『ブレーコート』は要塞都市である。



四方全てを20メートル超の壁が覆い、その外観は一面コンクリートの水槽のよう。

中の建造物は無骨なものが多く、華やかなものといえば都市中央の宮殿くらいだろうか。


とにかく芸術とはかけ離れた都市のはずなのだが、ここにはそちらの方面で価値のある物品が多い。


それはなぜか。


この都市は周辺地域との紛争で勝利することで、敵対地域の財や文化的価値のあるものを根こそぎ持ち帰っていたのだ。


加えて戦うために必要な兵器のデザインも技巧を凝らしたものが増えたことで、敵すらもその芸術美と機能美に優れた兵装に感嘆し、『彩戦都市』という異名がつくほど。


流行病によって滅亡するまでは、一都市で国と同じ経済力を持っていたそうな。




「今でこそ飲み薬の処方で簡単に対処できる病だが、贅を尽くして医療関係が発展しなかったブレーコートでは死病と同義の恐ろしいものだった。たくさんの勝利を積み上げて、自分たちを一つの国家だと宣っていた大都市の末路が、こんなにもあっけないものだったという訳だ。どうだい、面白いだろう?」


「確かに興味深いですが、これと星の繋がりはどこにあるんです?」


「おや、ここ一つ知っただけで僅かでも私の言っていることが理解できるとでも本当に思っているのかい?長い年月と労力をかけて得る知識にこそ真理はあるものさ」


「あなたにとっての"長い"は途方もつかないほど厚い歴史なのでは?私は人間です。精々百年ぽっちしかお供できませんよ」


「問題ないさ。いずれそんな些事は気にならなくなる」




はぐらかされた感じは、しなくもない。


まぁしかし、"彼女"を疑うということは極力したくないし、"彼女"の意味深な発言は後々意味を持つものだと知っている。


今はとりあえず、"彼女"の思惑に乗っておくことにした。





『ブレーコート』内部は、存外荒れてはいないようだった。

持ち運べるものは既になくなっているので寂しい感じがしなくもないが、私の気を引いたのは都市構造の方だった。


門を入るとまず目に入るのは、背の高い高層建築物ビルディング群とその奥に見える大きな壁だ。

どうやら『ブレーコート』の壁は最外殻と内部の二重に配置されているらしい。

ビル群の方は迷路のように配置されているらしく、内側の壁へ直通の通路は存在しない。


なぜ私がこんなことを詳細に語れるのかというと、上空から見下ろしているからである。


鳥類の翼を背に宿した"彼女"に持ち上げられているのだが、"彼女"が人ならざる存在であることを初めて知った。


十数年の付き合いがあってなぜ今まで隠してきたのか、また、なぜ今更になって明かしたのか聞くと、


「ここ数百年は使う機会が無さすぎて忘れていた」


とのこと。


正直『ブレーコート』なんぞよりも、"彼女"の正体の方に気を取られてしまう私だった。

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壊星見聞録 雨の陽 @RainSun910

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