壊星見聞録
雨の陽
旅の動機
星は生きている。
ある時"彼女"は、私にそう言った。
小さな頃の話だ。
言われても意味が分からなかったし、あらかた理解した今でも納得はいっていない。
己の足が踏みしめる無機物の集合体が、『生きている』と言われて困惑しない方が難しいだろう。
たとえそれが比喩の類であったとしても、やっぱり私にとっての星は家であり、大地であり、あくまで場所として捉えられるものなのだ。
星は母ではなく、私たち生物の住処に過ぎない。
いわんや、生物であるはずがないのだ。
その根底を根っこから崩したのが、"彼女"だった。
"彼女"曰く、この星は生きている。
比喩では無く、実際生物として命を持っている、らしい。
そのことを信じて疑わず、わざわざ証拠まで提示して私に示した"彼女"のことを、私は多大に尊敬している。
当時"彼女"のことをホラ吹きであると揶揄し、あまつさえ石っころを投げつけた私を怒るでも無く、小さな子供にもわかりやすい言葉で懇切丁寧に説明してくれたのだ。
狂人の烙印を押されていなければその姿は、女神のようだと形容されていたことだろう。
ただ、尊敬するのと受け入れるのとでは、話が少々異なる。
きちんと論理立てられた説明と、確固たる証拠を携えて、十数年ぶりにもなる私の説得に再度訪れた"彼女"の話は、年を経て価値観も変化していた私の創作意欲を刺激した。
小説家となっていた私には、斬新な作風が求められる今日の荒唐無稽な小説作品のネタに、これほどのものはないというくらいにうってつけだったのである。
熱心に耳を傾ける私の姿に気をよくして、意気揚々と話していた"彼女"の顔色が曇るのは、存外すぐのことだった。
君は、"私"の話をフィクションに落とし込んで世に広めようと言うのか。
"彼女"の、失望したような、寂しそうな表情を浮かべたその顔は、私の雑念を吹き飛ばした。
生まれて初めて、"彼女"の話をきちんと聞かなければ、というある種義務感にも似た感情が私の心内を支配したのだ。
私は謝罪を繰り返し、なんとか話を続けてもらった。
それまでの信頼関係にすらヒビが入ってしまいそうな出来事だったが、なんとかその場は取り持つことができた。
しかし"彼女"の目は、次はないぞと警告するように細められていた。
*
結局私程度の人間では、"彼女"の話を完全に理解することも受け入れることもできなかった。
幾分かましとはいえ、"彼女"の寂寥感を感じさせる雰囲気は私の身を凍らせた。
このままでは、"彼女"との繋がりが消えてしまう。
"彼女"にとっての、その他大勢で無価値な存在へと成り下がってしまう。
私は、己のつまらない人生の中の唯一の光を手放したくはなかった。
故に、勢い余って、しかし多分に本音も含めて申し出たのだ。
"貴女"の旅についていきたいのだ、と。
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