第3話

1.格闘場からの黒杉大輔の帰り路


その日の格闘技の練習は結局のところ中河原家の東南騒動のぶっちゃけ話により、なんとなしに皆が一様に暗い感じのまま解散と言う事になってしまった。

保育園は3年間、幼稚園は2年間、小学校生活が六年間。そう整理した上で時間の長さを比較してみると中河原が生まれてから、村沢アヤと共に過ごしたていた10年間という年月はとても長い期間であったと黒杉大介はそんな風に考えながら練習後の帰り道を辿る事となった。

黒杉は帰り道中、なんとなく自分が今まで知り合った事のある親戚らのことを思い出していた。

付き合いの深い親戚もあれば、数年に1度程度しかあったことのないような人物らもいる。

たくさんの親戚らとの間には、それぞれに良い想い出がありそして悪い想い出がある。

良い事を思い出せば自分の事を改めて誉めてあげたくなり、悪い事を思い出せば相手を貶してみたくなる。

黒杉は普段、過去を振り返ったりはしない。だからこうして過去の記憶を思い出す事も少ないのではあるが例え思い出したとしても現在を生きる上で必要の無い件やマイナスになる事は消去してしまうかプラス方向の捉え方を見つけ出して記憶し直してしまう。だから過去に少し話しただけの親戚との会話でも、面白い内容であれば、思い出してニヤけてみたりはするものの、決して、その親戚の現状知りたいとも思わない。

既に黒杉の中で完結した人物に関してはそれ以上でもそれ以下でも無くなっているのだ。

結局のところ自分中心のご都合主義的な生き方を黒杉という男は完全なまで遂行していた。

そんな黒杉でも忘れられない親戚が一人だけいる。従妹のナツミだ。

黒杉にとって初めて心の繋がりを感じられた女性であった。だからと言って今でもナツミの事を好きだと言う訳ではない。

また、ナツミは遠くに住む親戚なため、日常的に会える関係性ではない。

ただ、たまに彼女の事を思い出す事があるというだけの話だ。

何故、思い出すのか。理由は簡単。飼い猫のせいである。黒杉が以前、飼い、生活を共にしていた猫、名前は小介。

大介の飼い猫だから“小介”とナツミが名付けたのである。ただ、今はもう黒杉がペット禁止の小洒落たマンションに住んでいるため、小介は、母親と離婚し片田舎に引っ込んだ実の父親の住む家の猫となっている。

黒杉は年に四回くらいは都合をつけて父親の住む片田舎の家に行き小介と会いじゃれ合う事を楽しんでいる。

そして、その度にナツミを思い出す。ただ、それだけの話ではあるのだが黒杉にとってはとても珍しい。

黒杉大介は過去を上手に処分出来る男であったはずなのだが…。




2.八百屋の少年のモノローグ


調べると言ってしまった限りはやはりそれなりの答を求められてしまうだろう。

今日がその答を聞きに二人の刑事、古川と中島が来訪する日なのであるが何一つ調べていない。

と言うよりもそもそも俺には調べる手立てが無いのである。刑事が俺のところなんかに頼ってくるものだから少し格好付けてみよう等と思っただけで俺は探偵では無い。結局のところただの八百屋なのだ。いや、そもそも実家の家業が八百屋と言うだけで俺は八百屋ですらないのだ。

とは言え、二人の刑事はもうすぐ来てしまう。調査結果は用意できないがせめて俺なりの推測くらいは考えておかなければならないだろう。

まず今回、二人の刑事が語った奇妙な出来事を俺なりに整理してみる。

二人が語った話が夢ではなく全てが事実であったとしたら言える事は一つ。それぞれの時、それぞれの場所に於いて二人が体験した奇妙な事象がそれぞれ酷似していたという事だ。

だが酷似しているとは言えやはり違う点もある。

違う点。これが二人の身に起きた出来事の謎を解くキーポイントになっているような…、そんな気がする。

そして、酷似している点に関してを要約すればとある林の中にたくさんの死体の山があったという、それだけの話で、違う点はその死体の中心に存在していたという獣が片や猫でもう一方が犬であったという事だ。

全てが事実であったとして普通に考えればいくら田舎の山中であったとしてもすぐにでも事件沙汰になるような出来事である。

だが、どう調べてみても、そんな事件、そんな事実は記録として残っていない。

二人の刑事が偶然お互いに奇妙な夢を見たというだけの話なのか、それとも本当に起こっていた出来事なのか。

全てが真実であったとするなら、何者かによって隠蔽されているという事だ。

この大掛かりな出来事を隠蔽する事が出来るとしたら、それはきっと、とてつもなく大きな組織という事になる。

とてつもなく大きな組織…。

政府が関与しているとしか思えない。

有り得ない話では無いような気もする。

俺が其処までの考えに至ったところで突然、八百屋の前に血相を変えた刑事が息を切らして現れた。

若手の刑事、中島が顔面蒼白の状態で俺の前に覚束無い足取りで近づいて来る。

そして中島が小声で言った。

「逮捕されてしまいました。」

俺は一瞬耳を疑った。

中島は動揺した口調のまま叫ぶ様に言い放った。

「妻殺しの容疑で古川さんが逮捕されたんだよ!」

俺の思考はその時点で止まってしまったみたいだ。



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ワンちゃんは実験動物でしたが、それでもみんなを守りたい! 西岡てつ @nishioka999

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