第2話

1.八百屋の少年のモノローグ


土曜日の仕事は半ドンと言う事でやる気の無い八百屋は午前中で早々と店仕舞いをしていた。八百屋の経営をしている父親と兄は当然の如く昼過ぎには引き上げて、八百屋の営業とは無関係なこの俺だけが八百屋藤原商店の店舗に居残っていた。

まぁ、別に仕事を手伝ってあげていたわけでは無く、ただ八百屋の二階の空きスペースに設けられた遊び場にて映画を鑑賞していただけなのだが。

映画のクライマックスを迎えた頃合いに突然、見知らぬ客が八百屋に来訪してきた。

来訪してきたのは二人の男で警視庁管轄のM署に在職中の刑事と名乗っていた。

当然、野菜を買いに来た訳ではない様だ。

二人の刑事は、小学生である俺に対して、舐めたりする様子も見せず、一人の大人として、話しかけてくれている感じがした。

話を聞いたところ、どうやら俺の友人である神野俊平に言われてこの店にやってきたようである。

八百屋の店先に丸椅子を置き、俺と二人の刑事が三角状に並んで雑談をするかのごとく要件を聞くことにした。

二人の男が語った話はいたって奇妙、というか普通の役人に話せば、まず精神を疑われるのでは?という、とても奇妙奇天烈な内容であった。

まず、若い刑事、中島の話。

数日前に千葉県外房の海岸から東京へのドライブでの帰り道。千葉県内の山道に迷い込み、車で右往左往している時に山中の林の中から銃撃の発砲音がして中島は車を降り、林のほうへと入っていったそうだ。すると林の中には夥しい数の人間の死体が倒れていた。そして、その骸の集積の向こう側に獣が佇んでいたと言う。中島の眼にはその獣は特に大きくもない普通の犬の様に見えたと言う。中島は刑事としては情けない話ではあるのだがその壮絶な光景を目の当たりにして気を失ってしまったそうだ。だが、翌日、中島が目を覚ますと何事もなかった様に東京の自宅のベッドの上だったそうである。調べたところ、ここ最近の千葉県内においてそんな事件が起こったという記録は無く、単純に中島はその出来事が自分の見た奇妙な夢であったと捉えていたそうだ。しかし、その夢の話を酒の肴にと先輩刑事である古川に話したところ、古川も同じような夢、いや、同じような体験をした事があると語ったそうだ。

そして、その初老の刑事、古川の話。

数年前の埼玉県、川越祭りからの車での帰り道中、渋滞を回避する為に狭山辺りで横道に入ったところ山道に迷い込んだそうだ。迷っている内に辺りは暗くなり不気味な雰囲気が立ち込める中、妙な光に気付いた古川がその光を追って林の中へと入っていくと其処には無数の人間の死体とその中心には光る鋭い眼光を有した獣が存在していたという。古川の記憶に寄ればその獣は猫の様だったと言う。そして、古川もまたその後の帰り道を辿った覚えも無く翌朝、普通に自宅の布団の中にいたそうだ。古川も今回、中島の話を聞くまでは昔見た奇妙な夢というその程度の認識しかなかったらしい。

中島と古川のそれぞれが話を終えると見解を求めるような眼差しを俺に向けた。

見解を求められても正直困るのだが。とは言え、俺が何も語らない状態で二人が黙って帰ってくれるとも思えなかったのでとりあえず俺なりに頭の中で考えていた。

要するに時期やシチュエーションは違えど二人が全くと言って良いほどの似たような奇妙な夢を見て、あまりにもその感覚がお互いにリアルに残っているが為に夢では無く実際に体験していた出来事だったのではないか?と言う二人の疑問なのである。

正直、訳がわからない。

普通に考えれば二人がたまたま同じような夢を見た。ただそれだけの様な気もする。

しかし、同じような夢と一括りにしてしまうにはあまりにも類似点が多すぎる様な気もする。二人の人間がここまで酷似した夢を見る事って本当にあるのだろうか。

しかも夢の内容が奇妙を通り越して突飛でさえある。

夢としても突飛なのだからまさか本当に起こっていた出来事でも有るまい。

俺が黙して考え込んでいると初老の刑事、古川の方が痺れを切らした様子で声を発した。

「して、八百屋少年探偵殿のお考えは如何なんでしょうか?」

俺は、…

俺は八百屋少年探偵なんてを名乗った覚えは無いのだが…。

そもそも、なんだか、ゴロが悪いと思っている。

探偵では無いのにも関わらず俺はまた例の野次馬根性のせいなのか余計な一言を口から滑らしてしまった。

「気にはなります…。少し調べてみようかなぁ」

と、言いながら頭を掻いてみた。

正直、何を調べれば良いのやら。



2.スポーツ施設内、格闘場での中河原の想い


戦うという行為そのものを暴力と捉えられてしまったら先には進まない。

暴力という存在は人が生きていく営みの中ではやはり悪であろう。

ただ、戦うという事自体はまた別物でそれは正義の為の行為であることも少なくは無い。

世間では格闘技や武道がそれなりのブームにもなっており子供達の教育にもある一定の評価を得ていて最近では町道場も増え始めている。

そんな時世に影響を受けた少年たちのある一団が、遊びごっこでWHQという如何わしい名の格闘団体を結成した。

東京は文京区の本郷にある公営のスポーツ施設内にある格闘場にて、WHQの少年らが格闘技の練習を開始してから一年弱の日時が経過していた。

その格闘場に正義の為の戦いにいつの日か使うであろう格闘術の鍛錬をするべく数人の少年達が集い熱心に練習を積み重ねている。

その日はWHQメンバーの武藤タンジ、リーダーである真木ノボル、ノボルの兄アキオ、アキオの幼馴染みである黒杉大介と神野俊平、そしてノボルの友人である中河原の計六人のメンバーで練習をしていた。

最近ではこの六名がほぼ固定で集まり練習をしているのだがその日の中河原はとても元気が無く憂鬱そうな目つきで黙々と練習をこなしていた。

強く在りたいと思っていた理由。その理由の根源とも言える存在を急に失ってしまった。否、正確に言えば失ったわけではなく、その存在自体に裏切られてしまったと言うべきであろう。裏切られて打ちのめされて強く在るどころか生きている事さえもがとても辛くなっていく。中河原はそんな心境を胸に秘めながらもノボルやタンジの練習の誘いにただなんとなく付き合いただなんとなく体を動かしていた。

格闘場自体が中河原の心に影響されているせいか冷え沈んだ闇がなんとなくの寒々しさを醸し出していたが中河原の身に起きた一連の出来事の経緯を全て知っているノボルだけがなんとなく感じる錯覚のようなモノなのかもしれない。何の事情も知らない黒杉大介と神野俊平はその重たい雰囲気を気にする様子も無く低年齢の子供の様な馬鹿話を繰り広げてゲタゲタと大笑いをかましながら練習を続けていたからだ。

「大丈夫、気にするなよ。」と中河原はノボルに小声で言った。

ノボルは何の反応も出来ずにただ柔軟運動を続けていた。柔軟を続けながら横目で中河原の様子を観察をしていると中河原は何か納得したような表情を見せて一言口にした。

「まだ…、ラナがいるから。」

ラナとは、中河原の飼っている愛犬の名前である。

そもそもその愛犬ラナは中河原の叔母にあたる村沢アヤが飼っていた小型犬である。

村沢アヤとは、中河原が生まれてからの付き合いとなり、母親の妹という事あって、しょっちゅう中河原家の家に来て、遊んだりする仲であった。

しかし、数日前に村沢アヤは、突然、中河原家に小型犬のラナを置き去りにして、失踪してしまったのだ。

そして…、失踪するだけなら、まだしも、村沢アヤは、中河原家に保管されていた銀行通帳や銀行印に値打ちのある金品などを根こそぎ盗んでいった。

アヤの裏切りに、中河原は、子供心に深い悲しみを感じていた。

産まれてから、ずっと一緒にアヤと過ごしてきた月日の長さが、中河原の内心に、悲しみを憎しみへと変える負の感情が迸り始めていた。

内心に迸る負の感情を承知した上で尚、中河原はアヤが自分の元に戻ってきてくれるという微かな望みを持っている。

それは飼い犬のラナが中河原の家に居るからだ。

中河原の最愛の犬であり、家族として一緒にいた叔母のアヤが連れてきた犬。

愛犬ラナは闇に沈む中河原にとっての最後の光なのであろうか…。


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