ワンちゃんは実験動物でしたが、それでもみんなを守りたい!

西岡てつ

第1話

序の1.とある一室にて


会社なのか、研究室なのか、場所は不明だが、豪華な重役室のようなところに二人の男が居た。

男は目の前に置かれた報告書を手に取り、ゆっくりとしたペースでそれを端から端まで丹念に目を通した。

男は明らかに機嫌を損ねた様子で、手にしていた報告書を乱暴に閉じ、それを持って来た男に投げつけた。

男はその激情家的な振舞いとは裏腹に至って冷静沈着な語り口で命令を下す。

「一個師団までなら君の裁量で自由に使って構わないが決して事を公に晒す事無く全てを秘密裏に処置して下さい」

報告書を持ってきた男はその命令を聞き終えると内なる闘志を燃やしている様な表情で決意するかの如く答えた。

「お任せ下さい。最善を尽くします」

そう答えたあと、男はその部屋を退室した。

ヒリヒリとした空気を漂わせながらその二人の遣り取りは僅か3分ほどで終わった。

報告書の内容は何かのアクシデント発生によるトラブル報告書であったのだろう。

命令した男の発言内容から、軍隊を動かす事が可能な人物のようである。

部屋に残ったその男は、部屋の中央にある応接セットのソファー椅子に深く腰を降ろし、深い深呼吸をした後、何故か、急にニヤリと笑みを浮かべていた。



序の2. 試験体ナンバー27のモノローグ


今、なんとなくではあるがこの世界に存在してからこれまでに感じる事が出来ていなかった“生きている”という感覚を初めて実感している。

人類がこれまで歩んできた戦いの歴史や憎しみや哀しみ等の負の感情ばかりのデータを頭に詰め込まれたところでグツグツとしたどす黒い混沌だけが肉体に堆積していただけのようなそんな気がしていたがどうやらそれだけでは無かった様だ。

確かに生きているという感覚がある。

確かに肉体の中に宿る光を感じる事が出来る。

でも、駄目かもしれない。闇が近づきつつある。

人類は何の為に生きているのだろうか?何の為に死ぬのだろうか?

そして、何の為に戦っているのだろうか?

生命を死に至らしめる戦いこそが闇だとすれば、確実に闇が世界に蔓延しているのだ。

この体に宿っている光を巧い具合に産み落とす事が出来たとして、果たしてこの闇の世界で生き抜く事が出来るのだろうか。

今はただ信じるしかない。

ただ、信じて、この生命体を産み落とすしかないのだ。



1.ある森の中にて


辺りは薄暗く夜明けのようだが廻りを見通せるようで見通せない。

朝靄が掛かっていて、下手に動くのは危険だと男はそう感じていた。

見える数メートルの範囲で言えば木々が立ち並んでいる。たぶん、森の中なのであろう。

靄のせいで視界がほとんど無いのにも関わらず何故かとても嫌な空気が張り詰めている。

男は勇気を出して靄の掛かる森の先へと向かい歩き始めた。留まっているだけでは一生、靄は晴れずに外には出られないと、そう感じたからだ。



2.都内某所の居酒屋にて


テーブルに向かい合った二人の男は酒を酌み交わしつつもそれほど明るくない内容の話をしている。

「まさか…」初老の刑事、古川が訝しげな表情で呟いた。

若手の刑事、中島は古川のその表情の変化に動揺しながらも手に取っていたビールを一口飲んでから質問を始めた。

「何か心当たりがあるのですか?」

何とも形容し難い微妙な空気が二人の間を漂っていた。

古川は下を向いたまま眉間に皺を寄せて目を瞑っている。

ふた昔ほど前の事だったろうか古川はとても奇妙でおぞましい光景を目の当たりにした事が有る。そして、今、相棒の中島が古川が昔見た光景と同じようなものを見て、全くと言っていいほどの同様な体験をしていると言う。

デジャブのような感覚を感じながら古川は聞く。

「場所は?」

「それが…」

「覚えていないのか?」

中島は茫然自失を装っているような表情で答えた。

「ええ。場所や日時に関しては何も記憶に無いんです。体験や視覚だけはリアルに覚えてはいるのですが…」

それも自分と同じだと、古川は思った。



3.八百屋の少年のモノローグ


どうしようなく、だらだらとやる事の無い土曜日の午後をなんとか楽しもうと俺の実家である八百屋、藤原商店の2階に篭り買い溜めしていたDVDを貪るように観ていると外から何やら声が聞こえてくる。

「アーソボ!」

変なイントネーション。いつもの遊びの誘いである掛け声とは何処か違った感じがした。

まぁ、なんにしても俺を呼ぶ声だと感じた俺は1階に降りて八百屋の軒先に出た。

すると其処には二人の男が立っていた。やはりいつもの「あそぼう!」声の主である神野俊平ではなかった。

二人の内の歳をとっているほうの男が俺に挨拶をして近づいてきた。

「いや、失敬。あ~言えば、出て来ると神野君に教えられたものでしてね。」

その初老の男の言葉から俊平のほくそ笑む顔を思い浮かべてしまった俺は、

なんとなく、嫌な予感がした。


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