第18話 Last Episode 神様がくれた時間


「……駅前の古本市?」


 今日二回目の光景。けれどハラハラと舞い落ちる雪に店主達が陳列棚にシートをかけ始めるさまはさっきと違う季節、冬に開催された市を二人で見に行った時だろう。不思議な事に、冬の張り詰めた寒さや雪の冷たさまで感じる気がする。


 けれど、私が視界にいない。


「どうしてまた古本市なのかしら?」


 私はこの想い出の中で、貴方の心に何を残しているんだろうか。それに女の子の『大丈夫』という言葉が頭から離れない。


「澪」

「はーい。……え?」

「久しぶり」


 呼ばれた方向を見ると今までのように私がいる訳ではなく、制服姿で微笑む貴方がいた。


 違う。

 今までの光景とは明らかに違う。


 貴方が私に話しかけている。

 

「ようやく澪と話せた、よかった」


 差し出された手を握る。温かい。訳がわからない。呆然とあの頃の貴方を眺めて呆けてしまう。


「僕も澪と一緒に過去の思い出見てたけど、夢でも幻でもないよ。僕が言ってた事も思ってた事も本当なんだ、けど……僕も半信半疑ではある。僕の頬つねってくれないかな」


 言われるがままに頬をつねる。


「もっと強くていいよ」

「こ、これくらい?」

「痛いけど、もっと本気でお願いします」

「こんなお婆ちゃんに向かって無理を言わないで下さいな。第一、自分だけ若々しくなってズルいったらありゃしないですよ!」

「いたたたた! これくらいなら大丈夫かな? あと澪、自分の姿を確かめてごらん」

「え?」


 頬に伸ばした腕と上半身を確かめる。お気に入りだったダッフルコートを制服の上に着こんでいる。


「……嘘」

「それに懐かしいね、本当にあの頃の古本市だ」

「本当に、本物の……圭一君なの?」


 皴一つない顔、身体に制服姿。自然と出た昔の呼び方に戸惑いながらも確認をする。


「うん、最初はサンタクロースが僕達に見せてくれた記憶がプレゼントだったらしいんだけど、澪が自分を責めるのを見て神様に相談したらしいんだ。で、神様が行っておいでって」

「!!!」


 これが本当に、夢じゃないなら。

 幻でないなら。


「ごめんなさい! ごめんなさい! 私、貴方の声、を」


 唇に、貴方の人差し指が優しく触れた。


「時間が無いんだ」


 涙を溢しながら。

 微笑みながら。

 首を振る、貴方。


 時間が。

 時間が無いんだ。


 なら。

 なら!


「幸せだった! 貴方に出逢えて、ずっと傍にいれて幸せだった! 大好きで……大好きなっ………ううっ……」

「澪は僕の人生を最後まで彩ってくれた。幸せだったよ、本当にありがとう」


 あれだけ話しかけていたのに。伝えたい事はたくさんあるのに。言葉が出て来ない。ここで言えなかったら絶対、後悔するのに……!


「澪」


 温もりに包み込まれた。優しく頭を撫でてくれるその手、安心感。あの頃と何一つ、変わっていない。


「本当はあの頃に、たくさん抱きしめてあげたかった。ごめんね」

「私もたくさん、貴方を抱きしめたかった」

「じゃあ、君と僕の楽しい未来の話をしよう」

「ふふっ……そうだね」


 誰も見た事がない未来。

 私達が知る由のない、いつかの話。


「私から好きって言ってもいい?」

「あ、先に言われた! うーん。次は君の番。でも、その次は僕」

「駄目。会う度に私が大好きって言うの」


 それでも私達は、約束を交わす。



 心からのプレゼントが届けられなくって慌てたサンタがいて。優しいサンタの涙を見て、奇跡を授けてくれた神様がいる。


 じゃあ、こんな奇跡を見せてもらえた、私達はまた逢える事を、信じてもいいでしょう?



「約束、忘れないでね? たくさん抱きしめて?」

「澪こそ、ね。好きは代わりばんこだから、ね」

「ふふっ……大好き。大好き。大好き。愛してる。また、ね?」

「澪、ありがとう。またね? 必ず、必ず、君の元へ行くから」

「うん。絶対、絶対、絶対………逢いに行く」

「あはは、二人で頑張れば早いかもね」


 


 

 

 



 


 



  







 



 だって。

 奇跡は起こるから、奇跡なんだ。




















 そして、私達は。

 神様のくれた奇跡の時間を。




















 絶対に忘れない。




















「ふふ、頬をつねらせたのはこれが目的だったのね。私が夢とか走馬燈って言い出しかねないから。もう、無理しちゃって」


 呼吸を止めた貴方の、赤くなった頬を撫でる。

 

 またね、圭一君。


 きっと追いついてみせるから、待っててね。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

【3thこえけん】神様がくれた時間 ~クリスマスイブの奇跡~ マクスウェルの仔猫 @majikaru1124

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ