第16話 エマ


 冒険者に絡まれて連れ出された誠司が無事な様子でギルドに戻ると受付嬢が驚いた顔を見せた。


「セージさん! 無事だったんですか!?」


「あぁ、特に何もなかった」


「良かった……殴られたりしてたらどうしようかと思ってましたよ」


「あぁ、それなら好きなだけ殴らせてやった」


「へ?」


 受付嬢は一瞬動きが止まった。


「セージさん、意外と冗談を言うタイプなんですね」


「冗談じゃない。ナイフや剣でも攻撃されたしな」


「い、嫌ですよ~……どこも怪我してないじゃないですか~」


「結果的に俺にダメージが通らなかっただけだ」


 誠司がそう言うと受付嬢も多少は表情を引き締めた。


「セージさん? 先ほどもそうでしたけど、冒険者をやるなら信用は大事です。あまりウソはオススメしませんよ?」


 受付嬢がそう誠司を咎めたときだった。


「い~や? その人が言ってることは本当だよ、マリアさん」


 誠司のうしろから話し掛ける声があった。


 赤髪のショートで短剣を腰に下げた身軽な格好の若い女性だ。


「エマさん!」


「やっほ~」


 エマと呼ばれた女性は片手を上げて軽快に挨拶をした。


「アタシ、さっきの路地裏の一件、見てたんだよね~。三人に囲まれてボコられてんのに興味なさげにまったく相手にしないのよ、そのダンナ」


「ほ、本当なんですか?」


「ホントホント。ま、それすらダンナにとっちゃ、どうでもいい話なんだろうけど」


 エマはそう言って誠司の反応を待った。


「そうだな。俺はSPが稼げればほかのことはどうでもいい」


「それでセージさんは報酬目当てでもなく強いモンスターを探していたんですね」


 マリアは合点がいった様子で手を打った。


「だがこの辺りにはダンジョンがあるらしいと聞いてな。どちらが効率良くSP稼ぎができるのか教えてもらいたくて来た」


「そういうことなら、アタシにいい案があるんだけどな~?」


 エマが言った。


「実はさ。アタシ、新しいダンジョンを発見しちゃったんだよね~?」


 するとマリアが驚く。


「えっ!? エマさん、その話もっと詳しく教えてもらえますか?」


 だがエマはもったいぶるようにマリアを手でなだめて言う。


「もちろん義務もあるし、あとでギルドへも報告はするよ? だけどこんなチャンス、そう滅多にはないんじゃないかな?」


 エマは横目で誠司を誘うように見る。


「どういうことだ?」


「いやぁ。未踏破のダンジョンともなればモンスターもたくさんいるだろうし、ボスモンスターもいるのが当然だからねぇ」


「SPか」


「当ったり~!」


 エマは目を輝かせて言った。


「駄目ですエマさん、危険です。ダンジョンはせめて慣れた冒険者パーティでないと」


 マリアがカウンターに身を乗り出すように制止するが、誠司もエマも既にそれを蚊帳の外に追いやるように向き合っていた。


「どうするダンナ? アタシとパーティでも組んで、新ダンジョンに挑んで見る気はなぁい?」


「わかった、組もう」


 その即決にエマは驚いた。


「判断早っ! でもそんなに簡単に決めちゃっていいの? 冒険者たる者、もう少し慎重に行動したほうが良くない?」


「お互い様だろう? ならなぜお前は俺に話を持ちかけたんだ?」


「あっは! いいねダンナ! アタシへの疑いも何も、全部飲み込んでやろうってその余裕の態度、すっごく好感が持てるよ」


 エマは気前良く笑った。


「さっきダンナに絡んでた連中はあれでも全員C級冒険者でね。その攻撃をあんなに無防備で受けながらノーダメージなんて普通の強さじゃない」


 マリアが怪訝な顔で言葉を挟む。


「その話が本当なら、セージさんは少なくともA級以上の実力があるように思えますが……」


「だろうね。その強さにSP以外はどうでもいいって目的のわかりやすさ。アタシはそこに惚れ込んだって訳」


「でもエマさん危険です。こう言ってはなんですが、私たちもまだ登録したてのセージさんの人柄を良くわかっておりませんし……」


「だからアタシにとってのチャンスなんだって」


「エマさん……」


 マリアは心配そうな顔をした。


「アタシ、こないだパーティ解散したばかりでソロだからさ。普通ならダンナみたいな実力者はもうとっくにほかのパーティに属してるでしょ? 相手にされなくて困ってたんだよね」


 エマは続ける。


「そんなときに偶然、新しいダンジョンを見つけちゃって。こんなチャンスもう二度とないかも知れないってのに、ソロで攻略なんて無謀がすぎる」


 エマはため息をひとつついて続ける。


「パーティ問題と新ダンジョン発見のチャンスを棒に振る可能性……その両方で困っていたときにダンナを見つけた。でも、ダンナの実力ならすぐにほかのパーティからお声が掛かってしまう……」


「なるほど。そんなときに問題の一方は俺が食いつきそうなネタだった、と」


「そ。これはもう運命ってヤツだと思ったね」


 エマは改めて誠司を正面から見た。


「アタシはエマ・スターク。アタシに協力してくれるなら新ダンジョンの情報を共有するけど、どうするセージ?」


 そう言ってエマは明るく笑った。


「どうするも何も、最初から話を飲むと返答していたんだがな」


 誠司は抑揚なく答える。


「そりゃそうだけど……今のアタシの話を聞いて少しは信頼感が増した、とか感想ないの?」


「ないな。俺はSPが稼げればそれでいい」


「それなら、うっわ~! こんな可愛い子とパーティ組めるなんてラッキー! とか思ってない?」


「SPが稼げるなら特にお前である必要はないな」


「あっは! なおのこといいねダンナ!」


 エマは笑って言った。


「それから、アタシのことはエマって呼んでよ」


「わかった」


「それじゃ、よろしくね。セージ!」


 そう言って差し出された手を取って二人は握手を交わした。


「ああ、よろしく頼む」


 その様子を見たマリアは勝手に進む二人の話に割って入れそうもないとため息をついていた。


「と、いうわけでマリアさんゴメンね。セージはアタシが貰っていくから」


 エマは片手で謝るような仕草で言った。


「はぁ……わかりました。でもせめて新ダンジョンの場所くらいは事前に教えて行ってくださいね……万が一のとき大変ですから」


「はいは~い、わっかりました~」


 エマは軽く答えながら誠司の腕に飛びつくように自分の身体を絡める。


「じゃあ行こっ! セージ」


 胸を押し当て、上目遣いでその様子は実にあざとい。


「構わんが歩きにくい、離れろ」


 誠司はそんなエマを面倒くさそうに振り払った。


「え~っ? アタシをそんなふうに突き放せる男なんて、そういないよ~?」


「興味がでないな」


「グサッ……わりと傷つくな~」


 エマはそっとその手を話したが、すぐにまた気を取り直して言う。


「ま、気兼ねしなくてもいいから、それもまたラクか~」


 そんな様子のエマを少し呆れた顔で見ながら誠司は言う。


「何をひとりでブツブツ言ってるんだ。早くSPの話がしたい。どこかで作戦会議をしよう」


「あ~ハイハイ。SPね、よ~くわかりましたよセージのことは」


 エマもエマで誠司に呆れ顔を向けて言っていた。

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おっさんの異世界リセット ~チートやハーレムは不要なので、とりま安楽死で逝きます~ @nandemoE

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