第15話 好きなだけ殴っても構わないが


 周りを囲まれるようにギルドを出て裏の暗がりの路地に連れ込まれた誠司は退路のない袋小路に向かって突き飛ばされた。


 人通りのない、あっても訳あり者くらいの、助けに期待できない場所だ。


「なぁ兄ちゃん。可愛い受付嬢の前で格好つけたかったのかも知れないが嘘は良くねぇ……」


「ま、これも先輩冒険者としての優しさってヤツよ。モンスターに殺されるよりかはマシだろう?」


「なぁに指導料なら負けとくぜ? 報酬もいらないなんて、金持ちのボンボンなんだろ?」


 誠司はため息をつく。


「面倒だな……どうすれば早く気が済む?」


 その態度が勘に触ったか、男のひとりが誠司の胸ぐらを掴み上げた。その筋力は凄まじく、誠司の身体を腕を一本で宙に浮かせる。


「調子に乗りすぎだ……まずは一発、殴らせろ!」


 身体を持ち上げられたまま誠司は男に顔面を殴られた。


――やっぱり、ステータス的にダメージが入っていないようだな、痛みもまるでない。


「気が済みそうか?」


 誠司は平然と尋ねる。


「テメェ! ナメやがって!」


 誠司はそのまま路地の壁に投げつけられ、倒れたところに三人から殴る蹴るの暴行を受ける。


 が、同様にまるでダメージはない。


――面倒だ。ヘタに煽らずにやられたふりをしたほうが早そうだな。


 そう考えた誠司は何も言わず、動かず、黙って男たちが飽きるのを待った。


「おい、こいつもう動かねぇぞ」


「もういいんじゃねーか?」


「そろそろ金目の物だけ貰って行こうぜ」


 そう言いながら一人が誠司のマジック・クラッチに手を伸ばそうとしたときだった。


「ちょっと待て」


 誠司はその男の手を掴んだ。


「殴りたいなら好きなだけ殴っても構わないが、道具を取られるのはちと面倒だ。遠慮してもらおうか」


 誠司は平然と立ち上がる。


「お、おいこいつ。あれだけボコられた割に傷ひとつなくねぇか……?」


 その様子に冒険者たちは驚きを隠せない。


「ちょっ……待て。なんだこいつ! 手が、手が全然動かねぇ……」


 そして腕を掴まれたままの男が表情に恐怖を浮かべた。


「おい何フザケてんだよ、そんな低レベル野郎のステータスでそんな訳ねーだろ」


「ったく、世話が焼けんな!」


 そこへ一方の男が再び誠司を突き飛ばすべく、地を蹴って飛び上がり、両足で蹴りを向けた。


 そのドロップキックは誠司の顔面に直撃。


 だが誠司は微動だにせず、体勢を崩した男は地面に落ちた。


「これでわかっだろう? いくら殴っても無駄なのに楽しいのか?」


 誠司は倒れた男を見下した。


「テメェ。……殺すぞ」


 倒れた男は立ち上がりざまに腰の短剣を抜いて誠司に向けた。


「ちょっと頑丈だからって調子に乗りすぎたな……黙って寝てりゃあ済んだ話なのによぉ」


 そして男は短剣を構えて身体ごと誠司に突進した。


「死ねぇ!」


 だがその刃が誠司に届くことはなかった。


――やはり、スキル拒絶が発動するのか。


「な、なんだぁ!? け、剣が刺さらねぇ!?」


 男が慄いたのも束の間、次の瞬間には何かに弾かれるように後方に吹き飛ばされて倒れた。


「もういいだろう? そろそろわかってくれ」


「ふざけんなテメェ!」


 残ったもう一人の男が今度は剣を振るって襲いかかるが、同様にその刃は誠司に届かず弾き飛ばされた。


 その様子に戦慄する男たち。


「こ、こいつなんかヤベェぞ」


「くそ、今日はこれくらいにしておいてやる!」


 弾き飛ばされた男たち二人は立ち上がるなり尻尾を巻いて逃げて行った。


「お、おい! 俺を置いて行かないでくれ!」


 最初に手を掴まれた男が逃げて行く男たちに片手を伸ばすが、二人の男は振り返りもせずに姿を消した。


 残された男は引きつった顔で誠司を見た。


「お、俺たちが悪かった。た、頼む許してくれ!」


 そう言って頭を下げる男。だが誠司は顔色ひとつ変えずに答えた。


「そんなことはどうでもいいんだ。だが、お前たちのおかげで時間を無駄にした。その分の情報はいただきたいんだが」


 そこで誠司は男の手を離して開放する。


「……え?」


 男は目を丸くした。


「そ、それだけでいいのか?」


「SP。貰えるものならSPをくれ」


「いや、さすがにSPは差し出せるもんじゃねぇよ」


「ならほかには何も要らない。俺は効率良くSPを稼ぐために強いモンスターを探している。情報をくれ」


「……そういうことなら、ダンジョンに潜ればいいんじゃないのか?」


「なるほど……ではダンジョンの情報はどこで手に入る」


「さっきのギルドでも扱ってるはずさ……ただ、アンタを満足させられるほどのものかは保証できねぇ」


「なぜだ」


「この辺りのダンジョンならもうほとんど開拓済みだからさ……飛竜を素手で倒すようなアンタにゃ物足らないかも知れないだろ?」


「信じてないんじゃなかったのか?」


「し、信じる。信じるよ……」


 男は慌てて言った。


「な、なぁ。アンタ、あんなに好き放題殴られて、本当に怒ってないのか? 仕返ししてやろうとか思わないのか?」


「仕返ししてほしいのか? 変わった奴だな」


「ち、ちげーよ! ただ気になっただけだ」


「そうだな。怒ってない、気にしてない……と言うよりも、SP以外に興味がないな」


「そこまでかよ」


「だからここでお前を殴っても何も感じないし、殴られても同じだ」


「……なんか、アンタを殴って悦に入ってた自分が酷く惨めに思えてきたぜ」


「気にするな。それでももし負い目に感じることがあるなら、良いSP稼ぎの情報を掴んだら俺にも流してくれ……それで今回の件はチャラ。そんなところでどうだ?」


「わ、わかった……それと詫びと言っちゃなんだが、今度ギルドの奴らにもアンタにゃヘタに手を出さねぇよう広めておくよ……」


「そうか、よろしく頼む」


「ヘヘッ……じゃあ俺はこの辺で失礼させてもらうぜ。その……悪かったな」


 そう言って男は背を向けて誠司の前から逃げて行った。




 そんな路地裏での出来事を見ていた影がひとつ。


 何事もなかったかのように街の雑踏の中に戻って行く誠司を見ながらその影の人物は不敵に笑った。


「面白そうなの、み~っけ!」

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