幽霊似の女
丸子稔
第1話 真夏の夜の出来事
これは今から約二十五年前、私がタクシー運転手をしていた頃の話です。
真夏の深夜に歓楽街を流していると、白いワンピースを着た髪の毛が異様に長いマスク姿の中年女性が手を挙げているのが目に入りました。
(なんか薄気味悪いな。まるで幽霊じゃないか)
季節柄、そんなことを思いながら女性を乗せると、彼女は行き先を告げた後すぐに携帯をいじり始めました。
普段なら構わず話し掛けるのですが、その時は女性に少し恐怖を感じていたため、私は黙ったまま走り出しました。
そのまま目的地に向かって車を走らせていると、不意に女性の携帯に着信音が鳴り、彼女は電話を掛けてきた相手と話し始めました。
すると、その声と話し方が意外と明るかったので、私はホッと一安心し、彼女が電話を切った後、話し掛けてみました。
「随分楽し気なご様子でしたが、相手はご主人ですか?」
「いえ。ただの友達です」
「そうですか。ちなみに、今日は仕事帰りですか?」
「ええ、まあ」
「失礼ですが、どんなお仕事をされてるんですか?」
「あまり大きい声では言えませんが、実は芸能関係なんです」
「えっ! その話、もっと詳しく聞いてもいいですか?」
芸能関係と聞いて、私はたちまちテンションが上がり、興味津々に訊ねました。
「残念ですが、これ以上は言えないんです。一応夢を売る商売なものですから」
女性にそう言われ、「そうですか……まあ、仕方ありませんね」と、一気にトーンダウンしていると、再び彼女の携帯に着信音が鳴りました。
「はい」
女性は電話に出ると、しばらく相手の話を黙って聞いていましたが、聞き終わるやいなや、それまで私に対して穏やかに話していた口調が一変しました。
「はあ? なんで私が幽霊役なんかしないといけないのよ! あんまりナメたこと言ってると、あんたの人生めちゃくちゃにしてやるわよ!」
私は女性のあまりの変貌ぶりに、内心動揺しまくっていました。
(話の内容からすると、彼女は女優なんだろうか。それで与えられた幽霊役が気に入らないから、マネージャーにでも八つ当たりしてるのかな? でも、どう見ても適役だろ)
動揺しつつ、そんなことを思っていると、再び女性の怒号が聞こえてきました。
「もういいわ。そんな役、断ってやるから。──はあ? なんで勝手にOKしちゃうのよ! あんた覚えときなさいよ。東京に帰ったら、ぶっ殺してやるから!」
(おいおい。ぶっ殺すだなんて穏やかじゃないな……東京に帰るってことは、やっぱりこの人、女優なんだろうか? だとしたら、今までどんな役をこなしてきたんだろう)
やがて目的地に着くと、女性は「お釣りは結構です」と言いながら、五千円札を差し出しました。
その際、彼女が少し笑っていたのが、マスク越しでもよく分かりました。
その顔があまりにも不気味だったため、私はお礼も言わず、さっさと女性を降ろし、そのまま逃げるように引き返しました。
なお、その後、この幽霊似の女性が殺人事件を起こしたかどうか、定かではありません。
了
幽霊似の女 丸子稔 @kyuukomu
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