ズレる配役 全六話
ズレる配役 一話
女は妹と星が輝きはじめた夜道を、二人で歩いていた。
昔から妹と帰宅時間が重なる時は、自然と一緒に帰っている。
最寄り駅から自宅までの、歩き慣れた道。
街灯が少なく、少し欠けた月光が、姉妹を照らしていた。
「もうすぐバレンタインだけど、おねえちゃんは今年、おとうさんにチョコあげるの?」
「特別用意するつもりはないけど、友達の分作った後に材料が余ってたら、ついでに作るかな」
「おとうさん毎年楽しみにしてるのに、かわいそ〜」
「そう思うなら、あんたが作ってあげればいいじゃない」
「わたしは本命にしか手作りチョコを渡さないの!」
「娘二人が薄情すぎて、お父さん可愛そー」
姉妹は邪険にされて落ち込む父親を想像し、同時に苦笑を浮かべる。
女は、ふと気になることがあり、妹に尋ねた。
「そもそもあんた、毎年私に手作りチョコくれるじゃない」
「だから本命にしか渡さないって言ってるでしょ」
「……シスコン」
「別にそれでいいけど。おねえちゃんもわたしのこと大好きなくせに」
「はいはい、顔は好きよー」
「……ナルシスト」
「お互い様でしょ」
二人は他愛もない会話を交わし、帰路に就く。
姉妹は、この二人だけの時間を大切にしていた。
二人は人通りのない住宅地を進む。
見通しが悪く、子供の頃は「危ないから、夜は出歩かないように」と母親に言われたことを思い出す。
姉妹は目を見合わせ、くすりと笑った。
もうすぐ自分たちの家が見える。
少し不憫だけど頼りになる父親。
少し厳しいけど優しい母親。
大切な両親が待つ自分たちの家。
女の大切で、幸せな時間。
その時間は、背後から襲ってきた衝撃により、破壊された。
女の体は宙に浮き、衝撃を受け止めた箇所が、肉体が耐えられない力によって壊された。
そのまま玩具のように回転し、アスファルトの上を跳ねるように転がっていく。
全身に降りかかる振動が、肺を押しつぶし、女の体内から空気が絞り出される。
肺は動きを抑えられ、女の全身は二回りほど膨らんだかのような熱を全身に帯びていた。
帯びる熱で感覚が鈍化し、女に痛みはまだ訪れていない。
そのまま四肢を放りだし、アスファルトの上で女は止まった。
倒れた女に聞こえてきたのは、遠ざかる、吠えるようなエンジン音。
倒れた女に見えるのは、こちらを向いて倒れ、顔にできた大きな傷から血を流す少女。
自分と同じ顔をした少女を瞳に映し、遅れていた痛みが女に届く。
その痛みは女の神経を無造作に走り回り、意識を引き裂いた。
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