足を引っ張る 四話

 一人ぼっちの自室で昼食を抜いた男は、一人暮らし用の小さな冷蔵庫を見つめていた。

 そこには昨日まで缶ビールが入っていたが、今はすべて空き缶になって床に散らばっている。

 昨日、覚えているのは冷蔵庫を開けるところまで。


「やっぱり、思い出せない」


 最近、自室で飲んでいても、意識が戻ると外で寝ていることが多くなった。

 どうやら昨日も、アルコールで意識を失いながら部屋を飛び出し、駅前広場の大きなベンチまで自分の足で歩いたようだ。

  ご丁寧に部屋着から私服に着替えも済ませている。


 痙攣するように震える自身の左手を見た。


「部屋にアルコールがないせいで、手が震えてくる」


 手の届く場所にアルコールがある。

 それが男が人として最低限の生活を送るために必要な、精神安定剤。

 一ヶ月の間、その精神安定剤にすがって生きていた。


 一瞬、アルコールを買いに出かけようという考えが男の頭によぎる。


「明日は朝からシフトに入ってるから、我慢しないと」


 一度アルコールを体に入れれば、男の体がどこに向かうのか、男自身にもわからない。

 なによりこれ以上アルバイトに遅刻をしたくなかった。




 親睦会の翌日の遅刻からアルバイト先での男の扱いは変わった。

 居心地が悪い。

 同僚の視線が自分を責めているように感じる。

 実際に言葉で責められることもあった。

 

「あのおかしな酒癖の悪さを隠すために、私達に嘘をついて騙して‼ 心配して体調を気遣ってた私達のことバカにしてたんでしょ‼」 


 自業自得だとわかっている。

 それでも苦しみから逃れるためにアルコールへ手が向かいそうになった

 そのたびに冷蔵庫の缶ビールを眺めて耐えて過ごした。


 しかし、それも昨日までの話。 


 

 男は震える手で空き缶を片付け始めた。

 空き缶を一つ一つゴミ袋に入れていく。

 

 ゴミ袋の口を縛る頃には、男の部屋は夕日で赤く染められていた。

 空き缶をまとめた袋も夕日を反射している。

 全てが赤に包まれた部屋で、男の頭に石碑の言葉が想起した。


『求めるものを

  赤く染め

  黒に至れば

  闇に溶け込め

  次の扉が開かれる』

 

 男は石碑の言葉をつぶやいた。

 携帯電話で時間を確認する。


「十八時半」


 夏の夕暮れはもう少し続く。

 震える体を自分で抱きしめ、夕日が沈み切るのを眺めていた。

 

 部屋が赤を失い、黒に至る。

 暗闇の中、食欲の戻らない男は、そのまま布団に横になり、瞳を閉じた。

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