足を引っ張る 三話

 男は、フラフラとしながら一人暮らしをしている自室にたどり着いた。

 部屋に入り、すぐにシャワーを浴びる。

 アルコールの匂いや、野宿の汚れを、洗い流し、自分の弱さの証拠を早く消し去りたかったからだ。

 

 石鹸で何度もこすり、肌が赤くなる。

 匂いや汚れが消えるなら、それでも構わなかった。


 体を削るように洗い終わった男は、普段から部屋着にしている高校時代の体操服を着て、ようやく人心地がついた。

 

 床に散らばった空き缶を足で避けながら、携帯電話で時間を確認する。


「十二時過ぎか」


 昨晩からなにも食べていなかったが、胃腸が荒れているのか食欲は湧いてこない。

 



 男は一人で飲み歩くようになって、二日酔いの症状が悪化していった。

 介抱してくれる人は誰もおらず、男の意識が現実に戻っても、すぐには動けなかった。


 そんな状態の時にアルバイトのシフトが入っていれば、無断で欠勤する度胸のない男は、アルバイト先へ、遅刻の連絡を入れなければならなかった。


 遅刻の原因を誤魔化すように体調不良だと伝えれば、男の不健康な風貌が病弱に見えるようで、アルバイト先の同僚たちは男の体調を過剰なほど心配してくれた。

 

『自分を気遣ってくれる人を騙している』


 男はそんな罪悪感から逃げ出すために更にアルコールを求めた。

 遅刻をし、アルコールに逃げ、また遅刻をする。

 この悪循環から抜け出すことができないでいた。



 しかし、男の誤魔化しは、簡単に露見した。


 先月行われた、アルバイト先での親睦会。

 親睦会の翌日、シフトに入っていた男。

 そこに用意されていたお酒。

 体が求めるアルコールから目が離せない。

 男が覚えているのはそこまでだった。


 朝日の眩しさで意識を取り戻すと、駅前の広場で寝ていた。

 急いで携帯電話で時間を確認する。

 すでにシフトの出勤時間を過ぎていた。



 変死体が広場で発見されたのは、その日の夜のことだった。

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