僕と彼とカレンダーの印 中編

 忙しさが落ち着き、少しさびしさを覚えた頃、フィールドワークから帰ってきた彼から、久しぶりの着信が入る。


「久しぶりにアわないカ?」


 フィールドワーク帰りで疲れているのか、彼の声はしゃがれていた。

 

 待ち合わせの日時と場所は、珍しく僕の予定に合わせてくれるそうで、僕の予定の空いている日に彼と会う約束をし、電話を切った。

 


 数日後、講義も終わり、僕が待ち合わせ場所に向かうと、彼はすでに到着していた。

 日も沈み始め、肌寒いのか、身体を左右に揺らし、僕のことを待っている。


 待ち合わせ時間の10分前に着いた僕は、彼を少しからかった。


「しっかり、カレンダーの効果があるみたいで安心したよ」

 

 僕のからかう言葉を受け、虚ろな目をしている彼は、表情を変えず、視線を僕からそらした。

 いつもなら、少しでもからかわれたら、眉間にシワをつくり、睨みつけてくる彼。

 そんな彼が今まで見たことのない反応をしたことに、言いようのない不安が僕にまとわりついた。

 

 沈黙が流れる。

 僕たちの間に、これほど気まずい空気がつくられたのは、初めてのことだ。

 そんな空気を壊すように、彼が口を開いた。


「きみにソウ談したいことがアって、今からぼくの部ヤにきてホしい」

 

 電話口で聞くより、彼の声はよりかすれて聞きこえる。

 


 体調を心配しながらも、彼の頼みを快諾した。

 彼と横並びになって一緒に部屋へと向かう。

 夕焼けがやけにまぶしい。

 夕日を避けるように、横目でちらりと彼の様子を観察した。 


 よほど深刻な相談なのか、彼は黙り、空虚な瞳を前だけに向け、フラフラと歩いている。

 夕暮れの日差しで気が付かなかったが、彼の顔を近くで見ると肌は青白く、頬も少し痩せていた。


 彼に対する不安がさらに強まり、心配で声をかけた。

 しかし「ヘヤでハなス」と言って、彼はなにも答えてくれない。


 言葉にできない不安で早足になる。

 彼の腕を掴み、引きずるように彼の部屋に急いだ。


 不安で手の感覚が鈍くなったのか、掴んだ彼の腕にブヨブヨとした弾力を感じた。



 彼の部屋に着き、暗闇の中電気をつけ、早速相談を聞こうと、早速椅子に腰掛る。


 しかし。


「マて……じゅンびアる」


 彼はそうささやいて、ふらつきながら僕を置いて部屋を出て行った。


 明らかに普段と違う彼の様子を見るたびに、僕を襲う不安の正体がもう少しでわかりそうな気がする。

 僕は気持ちを落ち着かせるため、部屋の中を見回した。

 

 窓は分厚いカーテンがしっかり閉められていて、夕日が室内に入るのを完全防いでいた。

 

 机の上には海外のお土産なのか、なにかのミイラや、虫の死骸のようなものが瓶に入れられ、飾られている。

 そのどれも僕には見覚えがないものばかりだ。


 僕の不安は収まらず、更に視線を彷徨わせる。

 壁にかけられた、何も書かれていない大きなカレンダーが目に入った。


 食い入るようにそのカレンダーで今日の日付を確認した。


 僕を襲っていた不安の正体がわかった。



 

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