第14話 桔梗の秘密

「略奪……」


 茫然と繰り返す。


 困っているのだ、助けてくれ、と言うのではなく。


 略奪を。


「当初、見かけぬ異国の船に、賀仙かせんの者たちは船上で『どうしたのか』と話しかけたようだが……。一方的に見慣れぬ武器で攻撃され、たちまち船を奪われた。そのあとは、やつらによる略奪と暴力だ」


 領主であった祖父は報告を受け、すぐさま上陸していた異国の人間を追い払うよう命じた。


 異国の人間たちも、攻撃されればあっけなく自船に戻ったという。


 だが。

 海を立ち去らない。


 そこで、祖父は船団を仕立てた。

 彼らを打ち払うために。


 そもそも海岸地の領地だ。船での戦争は慣れている。


 宣戦布告のない攻撃を受け、武士たちもいきり立っていた。

 誰もかれもが復讐と怒りに燃え、海原へと出たのだが。


 戦術も戦法も。

 武器さえ違う彼らとは苦戦を強いられた。


「そんな中、お前の母上である白百合しらゆり殿の船が拿捕だほされた」

「は、母も戦っていたのですか……?」


 なんとなく男だけが海に繰り出していたのだと思っていた。


「あの地に行けばわかるぜ。豪傑は男だけじゃあねぇ」


 にやり、と大鴉おおがらすは笑う。


「……じじ殿は、はっきりとはおっしゃらなかったが……。戦が膠着状態に陥った時、白百合殿の船を囮にしようと最初から作戦を練っていた感がある。もちろん、それは白百合殿もご存じだったんじゃねぇか」


 白百合という名の桔梗の母は。

 船室にいるのではなく、船上に出て共に武器を振るっていたのだという。


 だから。

 異国の人間たちも。


 あの船には、〝女〟がいる、ということを知っていた。


 意図的に拿捕された白百合の船。

 そこに群がる狼のような外国の男たち。


 その間に。

 潮目を読み、船を繰り。


 賀仙の船は外国船を取り囲んで焼き討ちにした。


 白百合の船にいた外国の男たちは。


 乗船してきた武士たちに。

 刃で、矢で、槍で攻撃され。


 降伏を示そうとしたが、祖父は許さず、その場で全員を処刑したという。


「じじ殿はその処理を淡々と進め、都にも報告をなさった。その報告は漏れなくわしらにも伝わった。仲間たちは、その外国の奴らが使った戦法や武器を詳しく知りたがったが……。わしは白百合殿のその後が知りたかった」


 ぞくり、と嫌な予感に桔梗は身体を震わせる。


「拿捕され、異国の男どもが乗り込んできたとしたら……。想像される結末はひとつしかねぇ。実際。白百合殿は、殺されてはいなかった」


 桔梗に配慮したのか。

 大鴉は明確には言わなかったが。


 言わんとすることはわかる。


 母は。 

 凌辱されたのではないか。


「だとしたら。子をはらむんじゃねぇか、と」


 施政者に予言を行うといわれる〝運命の姫巫女〟と同じ外見を持つ子を。


 大鴉はその後、仲間たちと共に賀仙に向かう。


 異国の戦術を聞き取りに。

 異国の武器を買うために。


 そして。

 異国の子を孕んだ女に会うために。


「わしらが賀仙に到着したときには、じじ殿は息子に領主の地位を譲っていた。建前上は、領地を危険にさらした責任を取るため、と言っていたが……。行方が分からぬ。まるで出奔だ。そして白百合殿も尼寺に入られ、同じ仏門の仲間とは言え、わしらでも男は敷居をまたぐことはできぬ場所に隠れた」


 大鴉たちは執拗に祖父を追った。


 足跡を。形跡を。噂を。

 徹底的に調べ上げ、そして。


 たどり着く。

 困窮し、力尽きかけた祖父の元に。


 そこには。


「お前がいた。金の髪と緑の目を持つお前が」


 ぎゅ、と。

 桔梗は地面に座り込んだまま、拳を握る。


「じじ殿は警戒感を露にしていたが……。実際、困ってもいた。男一人で、生まれたばかりの子を育てるっつうのは、こりゃあもう困難だ。しかも、外見がまるでわしらと違う。初めてお前と出会ったとき」


 大鴉は豪快に笑った。


「お前は死にかけてたよ。じじ殿は、自分一人で育てようとしておったが、殺すにひとしき行為ばかりをしておってな。米のとぎ汁を飲ませたところで、やや子の腹が膨れるものか。粥をあたえたところで、飲み込めぬ。それで、提案したのだ。わしらと一緒に育てよう、と」


 太い腕を組み、大鴉は桔梗を見る。


「とりあえず、お前の顔を隠して……。乳の出る女のところにしばらく通った。その後は、ヤギや牛の乳で育てて、家は森の中の……、年貢が必要のない場所を選んであてがってやったのさ」


 そうやって。

 あの家と生活が手に入ったのだろう。


「……なら、どうして私をすぐに利用しなかったの?」


 運命さだめ姫巫女ひめみこがいる。

 情報が欲しくないか。


 大鴉はどうしてそうやって利を得なかったのだろう。


 むしろ。


 彼は、運命の姫巫女を探す奴らから。

 ひたすら隠していたかのように見える。


「単純だ。情が沸いたんだ」


 かかか、と大鴉は笑う。


「夜泣きするお前を背負って歩いたり、じじ殿が腰痛で動けぬ時におむつを替えたり。熱が出て薬も効かず、赤い顔で苦しそうな顔のお前を見て、仲間たちと必死に神仏に快癒を願ったりしているうちに」


 月光を受け、大鴉は柔和に笑った。


「運命の姫巫女でも、異人の血を引く子でもなく。我が子のようにおもえたのだ」


 ぼろり、とまた、桔梗の目から涙がこぼれる。


「わしだけじゃねぇ。最初は『これはいい獲物を手に入れた』と喜んでいた仲間たちは、全員そう思っている。お前を娘のように」


 だから、と。大鴉は腕を広げる。


「行こう。お前の母上のところに。彼女はお前の身を案じている」

「……信じていいの?」


 丸めた拳で涙を拭うと、もちろんだ、とばかりに大鴉は大きな笑顔を作った。


「安全な場所まで一緒に行こう。残念ながら、尼寺には入れんがね」


 くすりと笑い、桔梗は立ちあがる。


 そうして。

 大きなその腕に飛び込んだ。

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