第36話「懸念」
スズネを伴って8階に降りると、職員が慌ただしく動いていた。その中に、見知った顔を見つけた心愛は彼女を呼び止めた。
「香坂さん」
「あら西園寺さん。この間は大変だったみたいね。私のところにも噂がきてるわよ?」
「もうそっちまで噂がいってるんだ。久しぶりに死にかけたよ」
「土御門さん、早く意識が戻るといいわね。そちらの方は?」
職員の大半を把握しているすみれだが、流石にまだ正式に職員になっているわけではないスズネのことは知らない様子だった。
「あー、一応あたしの部下かな?」
「スズネと申します。以後、お見知り置きを」
「香坂すみれです。西園寺さんの部下なら、総務局を利用することも多いだろうから、覚えてもらえると嬉しいな」
そう言ってすみれは握手を求めた。スズネがその手を握ったのを見て、心愛はこう言った。
「ところで、香坂さんはなんで8階にいるの?」
「カオナシと戦える職員の選定に呼ばれたのよ」
「なるほどね。先に言っておくけど、あたしはたぶんカオナシと戦えないから」
「あらどうして?」
「カオナシと契約を結んじゃってね。邪魔ができないんだ」
心愛がそう答えると、すみれは眉根を寄せて困ったという表情を見せた。
「ごめん。けど、偵察くらいはできるはずだから、そっちに回して」
「わかったわ。むしろ、先に教えてくれてありがとう。配置が決まる前で助かったわ」
そこで、すみれは腕時計を確認した。
「申し訳ないけど、私やることがあるから行くわね」
「こっちこそ、忙しいところ呼び止めちゃってごめん。また後で」
「ええ、また後で」
慌ただしく去っていったすみれを見送ったスズネは、隣に立つ心愛にこう言った。
「あなたの部下になった覚えはないのですが?」
「形式上はそうなる。なんか文句あるの?」
「文句しかないです。あなたのような脳筋の部下では、命がいくつあっても足りませんわ」
「あ、そういうこと言う? あたしが推薦してやんないと、あんたなんて陰陽師になれないんだよ?」
「誰のおかげでカオナシの儀式がわかったと思ってるんです?」
旗色が悪いのは心愛の側だった。
確かにスズネの助力なくして今の状況はない。心愛一人だったなら、儀式を突き止めることはできていなかっただろう。
「クッソー。土御門くんが目を覚ましたら告げ口してやる」
「あら、脳筋かと思ったら陰湿でもあったのですね。流石、厭らしい女は違いますわ~」
「お前なんか大嫌いだ」
「わたくしも大嫌いですわ」
「「ふんっ!」」
二人揃ってそっぽを向いたところで、大会議室の入口に、「カオナシ対策本部」という看板が設置された。
「……今はあたし達が争ってる場合じゃない。行くよ」
「仕方ありませんね。『今だけは』従ってあげましょう」
大会議室に入ると、異界課の職員の大半が集まっているのがわかった。居ないのは、病気や怪我で療養中の者だけだ。
通常業務が滞ってでも、なんとしてもカオナシを仕留めるという強い気概が伝わってくる。それだけ、陰陽師にとってカオナシという人物は不倶戴天の相手ということだ。
「ピリついていますね」
スズネの言葉通り、室内には張り詰めた空気が膨張寸前まで満たされている。誰かが物音の一つでも立てたら、すぐにでも戦闘が始まりそうなほどだった。
「ウチらにしてみれば、カオナシは宿敵みたいなものだからね。こうもなるさ」
「あまり好ましい雰囲気ではありませんわ……」
「あたしだって好きじゃない。けど、仕方ないよ」
空いている席に腰を下ろした二人は、暫く黙って会議が始まるのを待った。
10分も経つと人の出入りも落ち着き、やがて職員の一人がホワイトボードに現在までに判明している情報を写真付きで書き出していった。
それが終わると、今度は壇上にピンマイクを付けた栃木が立ち、こう言い放った。
「諸君、総力戦だ」
その言葉に、にわかにざわつく会議室。栃木はそれに構わずこう続ける。
「今まで影も形も掴むことができなかったカオナシの目的が、ついに判明した。奴は泰山府君祭を行い、安倍晴明の復活を目論んでいることがわかった」
泰山府君祭という言葉に、再びざわつく会議室。
「未だカオナシの居場所は判明していないが、判明次第、我々が持てる戦力の全てをぶつけ、これに勝利する。差し当たって、奴の居場所を捜索する必要がある。香坂くん」
栃木は、ホワイトボードの横に設置された小さな演壇に立つすみれに視線を送った。
「はい。皆様、お手元の資料をご覧ください。急ごしらえではありますが、カオナシの居場所を突き止めるまで、資料に書かれているチーム編成での捜索をお願いします」
机に置かれていた資料を確認すると、そこにはどのチームがどこの駅を捜索するかが書かれていた。
チーム毎の戦力を元に捜索範囲が指定されており、香坂らしい丁寧な作りだった。
「資料に書かれているチームは、あくまで捜索を目的としたものとなっています。そのため、カオナシを発見した場合は、戦闘は行わず情報収集に徹するようお願いいたします」
すみれの言葉を聞きながら、ペラペラと資料をめくっていた心愛があることに気づき挙手をした。
「この資料、あたしの名前が入ってないんだけど?」
心愛の問いに対し、栃木が「それは私の口から説明しよう」と言った。
「西園寺くんには制約がある。よって、スズネくんと共に各チームの不測の事態に備えてもらうことにした」
「つまり便利屋ってこと?」
「そう捉えてもらってもいい。知っての通り、異界にはカオナシに限らず危険が山程ある。捜索の過程で負傷することもあるだろう。そういったケースに動いてもらう」
「りょーかい。それはそれとして、あたし達も捜索に動いていいんだよね?」
「もちろんそのつもりだ。香坂くん、続きを頼む」
「はい。繰り返しになりますが、原則として捜索段階では戦闘を行わないでください。現在わかっている情報からも、カオナシは単独では決して倒すことのできない相手です。万が一戦闘が避けられない状況になったとしても、逃げることを最優先に考えてください」
すみれはそこで全体を見回し、了承が取れたのを確認してこう続ける。
「最低行動人数は1チーム3人からです。それ未満は他所のチームから人員を補充するか、合併しない限り出撃は認められません。考えたくありませんが、人員に欠員が出た場合は、速やかに情報管理課まで報告をお願いします。私からは以上です」
再び注目が栃木に集まる。
「ありがとう、香坂くん。カオナシは恐らく安倍晴明の遺骸を入手している。儀式が行われるまで一刻の猶予もないと見て間違いないだろう。迅速な行動が求められる。諸君の奮闘に期待する。以上、捜索開始!」
職員達がわらわらと割り当てられた駅の捜索に向かう中、心愛は机に置かれたペットボトルのお茶をのんびりと飲んでいる。その様子を不審に思ったスズネがこう言った。
「スズネ達も行かなくていいのですか?」
「今動いたら装備課で鉢合わせになるでしょ。あたし人混み好きじゃないんだ」
確かにこれだけの数が一斉に装備課に迎えば、武器庫は芋洗いの体を成すだろう。スズネとて、そのような中で装備を調達するのは嫌だった。
「あなたにしては珍しく頭の回る発言ですね」
「一言余計だよ。それに、なんか引っかかるんだよね」
「引っかかるとは?」
「どうしてカオナシはこれだけのヒントをあたし達に与えたのかってこと」
「言われてみれば、確かに妙ですね」
「でしょ? ムカツクけどあいつはバカじゃない。これだけのヒントを与えたら、あたし達がたどり着くのはわかってたはず。なんか裏があるような気がするんだよね」
そもそも、カオナシが泰山府君祭を行おうとしていることがわかったのは、契約書に書かれていた彼の本名と思しき芦屋道満という記載があったからだ。
儀式にしても、わざわざ儀式をやろうとしているなどと宣言せずに、黙ってこっそりとやっていればわからなかったことだ。
これではまるで、阻止してくれと言っているようなものだ。
「なんだろう、この違和感……」
「流石にスズネもお手上げですわ。せめてもう少し情報があれば考えられもしますが……」
暫く二人でうんうんと唸っていたが、やがて考えることに飽きた心愛は、お茶を飲みきってこう言った。
「考えるのは性に合わない。カオナシに直接吐かせればいいだけの話だ」
「またあなたは……どこまで脳筋思考なのですか」
「うっさいよ。あたし達も捜索に行こう。そろそろ装備課も空いてきた頃だろうし」
二人は大会議室を後にした。
這い寄るダンジョン攻略は陰陽師の役目でしょ!~SAN値直葬の探索はヒロインが皆サブカル美少女なのだけが救いです~ 山城京(yamasiro kei) @yamasiro
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