第35話「資料室にて」

 清明入院から二日目。心愛とスズネの姿は、陰陽庁の9階にある資料室にあった。


 二人が座るテーブルの上には、心愛が持ってきた分厚い資料が山のように積まれている。それらは全て、過去にカオナシが関与したと思われる事件の記録だった。


「これ全てに目を通すのですか……」

「仕方ないでしょ。カオナシには探知の術が効かないんだから、遠回りだけどこうやって何がしたいのか探るしかない」

「それはそうですが……」


 実は、二人は資料室を訪れる前に異界に行ってカオナシの捜索を行っていた。しかし、高度な隠形の術でも使用しているのか、カオナシはもとより一緒にいるはずのはすみの気配すら辿ることができなかった。


 そうした理由から、過去の事件を漁ってカオナシの目的を探ろうとしているのだ。


「まだカオナシが単独だと決まったわけではないのですよ?」

 パラパラと資料を流し見ながらスズネは言った。


「それも含めて調べるの。時間ないんだから真面目にやって」

「仕方ありませんね」


 数時間、ページをめくる音が聞こえた。だが、


「ダメだ。この資料からは何も見えてこない」

「とても目的があるとは思えませんね。愉快犯のそれを見ているようです」


「アプローチのやり方を間違ってるのかな」

「休憩がてら、カオナシの発言を整理してみませんか?」


 心愛は「そうするか」と言って、メモ用紙を新しいページにした。


「カオナシは、復讐が目的と言っていましたね」

「だね。けど、復讐といっても、対象がわからない」


「そこです。わたくしは、誰かに対する復讐だと思っていたのですが、実際は出来事に対する復讐だという線は考えられませんか?」

「んー、だったとして、土御門くんを助けようとしてたあたし達を手助けする理由にはならなくない?」


「はい。ですが、カオナシの言葉一つ一つを読み解いていくのは意味があると思うのです」

「じゃーあいつの言葉と行動を列挙していってみる?」

「そうしましょう」


 二人は覚えている範囲でカオナシの言葉と行動をメモ用紙に書き出していった。結果、


「やはり大きく疑問が残るのは、復讐。そして――」

「どうして土御門くんを助けたのか」


「ええ。この2点です。特に、旦那様を助けた理由がまったくわからない」

「けど、あいつは最初から土御門くんの行動を監視してったぽいよね」


「だからこそ、この『カオナシが旦那様に異界行きの定期を渡した』、という点が繋がると思いませんか?」

「確かに。カオナシは土御門くんに何かをさせたがってるのかな?」


 そこまで言って、心愛はメモ用紙に書かれていた、「カオナシは戦う相手を探している素振りがあった」という記載に目がいった。


「まさか……」

「今、わたくしとあなたは同じ記載を見ているでしょうね」


 二人はそっと自分が見ているメモ用紙の記載を指差した。


 お互いの指は同じ場所を指している。つまり、「カオナシは戦う相手を探している素振りがあった」だ。


「カオナシは土御門くんと戦おうとしてるってこと?」

「可能性は否定しませんが、大事なことを忘れていませんか?」

「あっ、儀式か」


「そうです。復讐という言葉が本当ならば、カオナシは儀式によって復讐相手を蘇らせようとしている、そうは考えられませんか?」

「そんなことできるわけ――」


 そこまで言って、心愛はカオナシの正体が芦屋道満の可能性があることを思い出した。


泰山府たいざんふくんさいだ……」

「思い当たる方法があるようですね」


 泰山府君祭は簡単に説明すると、誰かの命を誰かに渡す儀式だ。


 陰陽道においては比較的ポピュラーな儀式だが、その成功難易度が非常に高い上に、生贄を必要とすることから、長い間執り行われることがなかった。


 泰山府君祭なら、生贄と依代さえあれば死人すら蘇らせることができる。


「もし、カオナシが本当に芦屋道満なら、安倍晴明を蘇らせるつもりだ。こうしちゃいられない。安倍晴明の亡骸が盗まれてないか調べないと」


「相当昔の人物ですよね? 亡骸など残っているのですか?」

「安倍晴明の遺体は、聖遺物として各地で御神体になってるの」


 そう言って、心愛は慌てた様子で栃木に電話をかけると、事情を説明して各地に御神体として散らばる安倍晴明の遺骸が無事か確認してもらうように言った。


 待っている間、再びカオナシが起こした事件の被害者達を別の視点で洗い出していくと、今までは見えてこなかった共通点が見えてきた。


「やっぱりだ……犠牲者はみんな強い呪力を持ってる」


「その泰山府君祭というものがよくわからないのですが、カオナシは何故強い呪力を持った相手ばかりを狙っていたのです?」

「安倍晴明みたいな化け物を蘇らせるには、生贄も特別なのが必要なんだと思う」


 安倍晴明にまつわる伝承など枚挙に暇がない。その大半が、おおよそ人の領域を逸脱した行為ばかりだ。


 そんな人間なのかすら怪しい人物を蘇らせようとするならば、ただの生贄では役が不足していることなど明白のことだ。


「はすみさんなら、その条件を満たしていると?」

「どうなんだろう。けど、陰陽師と屍人の間に生まれた子なんて、おあつらえ向きだと思わない?」

「確かに……はすみさんには屍人の呪いも効かないようでしたしね」


 と、ここで心愛のスマホから着信音が鳴った。相手は栃木だった。


「もしもし、どうだった?」

『西園寺くんの想像通りだったよ。晴明神社から遺骸が持ち去られた形跡があった』


「やっぱり……でもこれで、カオナシがやろうとしてる儀式がわかった」

『泰山府君祭なんて、本当に成功すると思うかい?』


「知らないし、どうでもいい。それを阻止するのがあたし達の仕事でしょ?」

『その通りだね。捜査本部を設置する。スズネくんを連れて下まで降りてきてくれ』


 心愛は「了解」と言って終話した。

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