覚醒

karam(からん)

覚醒

 戦場は地獄と化していた。敵は魔王軍である。国に攻め入ろうとした魔王を打ち倒すべく、至る所から屈指の戦士やら魔法使いやらが集められた。

 私もその一員で戦場に赴いた、魔法使いだ。正確には先輩や同僚のサポートとして呼ばれただけで、魔王軍と戦うことができるほどの力と度胸は持ち合わせていない。故に前線で戦う仲間と比べ、情けなくも私は遥か遠くの後方で戦っていた。

 自我のなく、斬っても吹き飛ばしても命尽きるまで戦い続ける魔王の手下たち。後方で支援といえどサポート魔法を掛け続け、運ばれてくる怪我人に回復魔法を使い続け、私は実際のところ疲労困憊であった。

 しかし、ここよりも前線の方が酷い有様なのは分かり切ったことである。命を削って戦い続けている仲間を思い出し、私は再び杖を強く握り直す。


 時間が経つごとに、運ばれてくる怪我人の量は増加する。その怪我の酷さに目を背けたくなるものも多くなった。

 同僚の一人が左手を失い、運ばれた来たときは流石に悲鳴を上げてしまった。敵の爆発系魔法を近距離で受けてしまったという同僚は、情けないと笑いながら泣いていた。前線に残してきてしまった人たちを見ていたのだろう。

 彼らはもう、ボロボロだ。悔しくも、私たちの方が圧倒的に不利な状況であるのは明白だった。私は唇をかむ。何もできない自分が苦しかった。それでも皆の力になりたくて、必死に魔法を使い続けた。


 どれくらいの時間が経ったのだろうか。ふいに人々のどよめきが聞こえ、私は顔を上げた。遠くの空が広範囲に、赤白く光っていた。稲妻のようなものも見える。前線で何が起こっているのか分からず、私は眉をひそめた。

 魔王だ、究極魔法だ、と誰かが叫んだ。辺りは静寂に包まれる。

 究極魔法には様々なものがあるが、それらの全てに共通していることがある。それは、数少ない上位種族のみが使う、広範囲の破壊魔法である。つまり、当たれば即死。助かる保証は無に近い。この距離では確実に、ここにも究極魔法が届くだろう。それを理解した瞬間、辺りは騒然とした。

「うわぁぁぁぁぁ」

 ふいに、誰かの叫び声が上がった。その声に触発されるかのように、至る所で人々が悲鳴を上げ、逃げ惑い始める。

 死にたくないと人を押しのけ走る者、怪我人を置いていけないと叫ぶ者、究極魔法を確実に受けるであろう前線の仲間の名を呼ぶ者、壊滅への絶望にもはや逃げる気力も無い者。絶望と混乱で、まるで地獄にいるようであった。

 そんな中、私は立ったまま前を見つめていた。魔王は戦いが長引いていることに痺れを切らし、自らが究極魔法を使うことで終わらせようとしているのかもしれない。敵味方もろとも、巻き込んで。このままでは自分も含めて、多くの犠牲者が出てしまう。ここで壊滅しては、我が祖国が魔王の手に落ちてしまう。

 何とかしなければという言葉が、ぐるぐると頭の中を駆け巡っている。しかし、前線にも行けないような自分に何ができるというのか。その間にも空は赤く渦巻き、禍々しい音を出して広がっていく。強い風が巻き起こり、僅かにも地面が揺れている感覚がする。

 私は杖を構え直した。ぐっと力を籠める。才能のない失敗ばかりの自分に何かできるとは思わないが、何かしなければ確実に死ぬ。ならば、最後の悪足掻きだ。

「おい、嬢ちゃん。何をしているんだ。今更そんなことをしたって……」

 周りの人々が、ぎょっとして止めようとする。

 分かっている。私は大魔法使いではないし、究極魔法に対抗するほどの力はない。寧ろ、運よく魔力を宿して生まれた一般人、魔法学校では落ちこぼれだった魔法使いだ。しかし、負けず嫌いなら負けない。呆れられるほどの馬鹿根性なら持っている。強く杖を握る。ありったけの魔力を注ぐ。今までにないほど、集中する。

〝何でもいいから、何か出ろ〟

 そう思いながら、自身のすべての力を杖に込める。

「え?」

 誰かの声に目を開くと、空中にとてつもなく大きな魔方陣があった。自分の杖の先から展開している。赤く光る複雑な文様に、バチバチと走る稲妻。何やら禍々しい雰囲気である。こんな魔方陣は見たことがない。あまりの出来事に私は硬直した。

「嬢ちゃん!」

 周りの声に、はっと我に返る。

 こうしている間にも、魔王がいつ究極魔法を打ってくるか分からない。究極魔法を打つためには、いくつもの魔方陣を展開させるなどの準備が必要となる。少し時間が経った今、魔王がそのような準備が整っていてもおかしくはない。躊躇っている猶予はない。

 私は再び、杖に魔力を注ぐ。どんどん自分の身体から力が抜けていくのが分かる。

「ぐぅ……っ」

 それでも、踏ん張り続ける。

 目の前の魔方陣は、バキバキと音を立てながら点滅し、幾度にも折り重なって展開していく。展開される魔方陣の数は、更にどんどん増えていく。

「ぐあっ……!」

 ふいに、その全ての魔方陣が光り輝いたかと思うと、魔方陣から鋭く放たれた何筋もの閃光が遠くの赤く光る曇天に突き刺さった。

 私は閃光が放たれた衝撃波で吹っ飛ばされ、そのまま意識を失った。その数十秒後、眩いほどの光が辺りを包んだ。


 魔王が放とうとした究極魔法は、謎の閃光によって打ち消された後、その閃光は目視できないほどの音速で魔王の心臓を突いて消えていったという。

 頭を失った魔王軍は統制を失い、逃げ惑った。前線にいた人々は、突然の出来事に動けずにいたが、今がチャンスと体制と立て直し見事、魔王軍に勝利した。

 誰も近づくことさえできなかった魔王の、余りにもあっけのない死に、国全体が震撼した。今、その魔王を一突きした閃光の正体を突き止めている最中だという。

 私は戦い後の顛末を、町の病院に見舞いに来た同僚から聞いていた。

 彼女は戦いで左手を失ったというのに、もう仕事に復帰している。外傷はないが、理由の分からない全身の筋肉痛と魔力切れによる衰弱で、病院のベッドから動けずにいる私とは大違いだ。

 身体を起こせるほどには回復したが、まだ歩くことはできない。

「早く復帰してよね。戦いの報告書やら、後始末やらが終わらなくて過労だよ」

 ぼやく同僚。私は彼女に、へにゃっと笑いかけた。同僚は唇を尖らせ、私の頬をつつく。

 病室の窓から、温かい日差しが入って来る。何もない、何の変哲もない、何の記録にも残らない今日のような平和な日。そんな日が一番、自分に合っている。戦いなど、もうこりごりである。


 これは後の大魔法使い、カルガオ=ルータが覚醒したとき(無自覚)のお話である。

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