【エピローグ】-声優の道-

第33話「筆頭ファン」

 午後十時。凜夜放送の時間だ。

「みなさん、こんばんは。須藤凜夜です」

「どうも。凜夜君専用のしゃべるATM・東山七海です。今、凜夜君の隣に座って配信してます」

 ここは凜夜の自宅。夜遅いが、特別に彼の母親から許しを得ている。

『筆頭ゲスト回キタ!』

 以前は見ることのなかったコメントが流れる。

 あれから数か月。七海は凜夜やなつきたちと一緒にゲーム実況配信などを繰り返した。

 そこで七海は凜夜への愛を惜しみなく披露し続け、いつしか凜夜ファンから名物的存在として認められるようになっていったのだった。

 今の七海はリスナー公認の凜夜ファン筆頭だ。

 もちろん恋人となったことも明かしている。恋人なのに熱狂的なファンという関係性が意外とリスナーの間で受けたのだ。

 ファンから凜夜を奪うのではなく、ファンを代表して凜夜と付き合うことで感情移入を促すことに成功したのだった。

 基本的に凜夜一人で行っている凜夜放送にも時々七海がゲスト出演するようになっており、むしろ七海も出る回が評判になっている。

 凜夜の母も、この状況なら二度と悲劇は起こらないと信じて交際を許してくれた。

「七海さんが出るようになってから、男性リスナーも増えたのかな?」

 凜夜が言うように、声優ファンというのは大抵声優本人から見て異性の場合が多い。

「いやー、あたしは全然モテないから。どっちかっていうと女性リスナーがあたしのトークを楽しんでくれてるんじゃないかなー」

「七海さんってそんなにトーク上手かったっけ?」

 軽口を言い合っていると、それに反応したコメントが流れ始める。

『凜夜君も七海ちゃんもかわいい!』

『七海ちゃんは私の義妹』

 前々からの設定がさらに発展している。

「そういえば、みなさんは僕の姉でしたね」

「義理の姉がいっぱいできたなー」

 といっても、試しに七海が一人で配信した時は数人しか集まらなかったので、凜夜の存在があってこそなのだろう。生海なまみというタグまで用意したのだが誰も使っていない。

 誰でも最初からファンがいる訳ではないので、まあそんなものだ。

『七海さんはどうやって凜夜君と知り合ったんですか?』

「新規か久しぶりの人かな? 偶然高校が同じなんだよ。そこで、これでもかっていうぐらい猛アタックしたらなんとかなったの」

 七海がゲストということで、七海への質問が散見される。

『前からファンだったそうですけど、この放送聞いてたんですか?』

「もちろん聞いてたよー。ハンドルネームはサウスマウンテン」

『見たことある。毎回スペチャしてましたよね?』

「スペチャは今でもしてるよー」

 付き合っているのだから直接渡した方が余計な手数料を取られないのだが、自分が恋人であると同時にファンでもあることを忘れないためにこれは欠かさない。

『なんでサウス? 苗字、東山じゃなかったっけ?』

「それはあたしが東と南間違えてたから」

「僕も前につっこんだんですけど、ずっと勘違いしてたってショック受けてましたね」

 あの時は自分のバカさ加減に落ち込んだが、初めて凜夜の方から話しかけてきてくれたということで記憶に残っている。

『ドジっ子南山さん』

「だから東山だって」

 リスナーからいじられるのも悪くない気分だ。

『ズバリ、凜夜君が七海さんを選んだ理由は?』

「んー、リアルでも貢いでくれるから?」

 今度は凜夜が冗談めかして答える。

「まあ、それだけじゃないですけど、半分は本気ですよ。スペチャをくれるファンのみなさんのことも金づるだなんて思ってなくて、大切な人だと思ってます」

 リスナーの中にはスペチャ中毒になりながらも、お金を払うことでかえって凜夜の存在が遠くなっているのではないかという不安を抱いている者がいるだろう。

 七海も似たような考えを持ったことはある。

 だが、凜夜は熱い想いをきちんと受け取ってくれる人なのだ。

「もちろん、スペチャしなくても、放送聞きにきてくれるだけで十分うれしいですよ。普通のコメントもどんどんしてください」

「凜夜君が大好きって気持ちは、あたしもみんなも一緒だからね」

 笑い合いながら二人は身体を寄せる。

 こうしていると、堂々と凜夜のパートナーを名乗れるようになった喜びを噛みしめられる。

「せっかく同じ部屋に二人いるし、バイノーラルマイク使おうか」

 凜夜が提案したバイノーラルマイクとは、ダミーヘッドマイクとも呼ばれ、左右や距離など音が鳴っている位置をリアルに再現してリスナーに届けられるものだ。人の頭を模した形をしている。

「いいね。あたしが右にいるから凜夜君が左ね」

『たとえ右耳がもげようとも、左耳だけは死守せねば!』

「また大げさな」

 凜夜が口元に手を当てながら微笑む。

 この表情の柔らかさは、七海にも似た熱意を感じたが故のものか。

『じゃあオレは右耳残して七海の声聞こうか』

「あ、男性リスナーらしき人も……ってアキラさんじゃないですか」

 さんざんゲーム実況を共にやってきた声優仲間がこの放送を聞いているようだ。

「アニキ、なんでコメント欄にいんの」

『ロムってただけで、ずっといたぞ』

 アキラのコメントにあった『ロムる』とは、閲覧だけ行うという意味。

『私もいるからね』

 千円のスペチャを送ってきたのはなつきだ。

「なつきさんまで」

 凜夜も驚いている。

『なつき、さりげなくスペチャしてんじゃん。りんちゃん攻略する気か?』

『違うよ。りんちゃんとナナちゃんを祝福してんだよ』

 いつもの漫才的なやり取りをコメントで始めるアキラとなつき。

『俺もいたりするんだよな』

「和也も!?」

 全員集合ではないか。

 アキラが七海たちを冷やかすようなコメントを送ってくる。

『バイノーラルでお前らがいちゃついてるとこ聞いててやるからな』

 なつきはというと、和也を気遣うコメントをしている。

『和也君にはこの放送つらくない?』

「あー、和也、あたしに振られたからねー」

『うっせー。もう好きじゃねーよ。それより漫画のシナリオ書け』

 和也のコメントに他のリスナーも興味を示す。

『漫画?』

「まだその話してなかったか。あたしと和也はタッグで漫画家目指してるから。あたし、原作」

「今度、シナリオ書く放送やってもいいかもね」

 凜夜が新しい放送のネタを思いついたらしい。

「いいね! アニメ化したらヒーロー役を凜夜君にやってもらう予定だし、今から声当ててもらおうかな」

「じゃあ、主人公役は七海さんだね」

「あたしが声当てたんじゃ棒読みに……。ん? でも、他の人が主人公やったら寝取られることになるんじゃ……!?」

「じゃ、漫画家デビューと声優デビューがんばってね」

 今回の放送はいつにも増して盛り上がった。

 こうして夜は更けていく――。

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ヒーリングボイス~音声白書~ 平井昂太 @hirai57

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