第12話(栞視点)

「お疲れ様です先輩」

《おつかれ》


 あの食べ歩きをした日から二日後の日曜日。

 私と夏狩なつかりはいつも通りバイトをし、休憩室にて会話を始める。


「はあ……」


 夏狩は溜息を吐きながら私の隣に座った。

 バイトで疲れてたのかな……。気になるなら聞いてみよう。


《なんか元気ない?》

「いやー、実は一昨日のことでちょっと悩んでいることがありまして……」

《なに?》


 一昨日の放課後の食べ歩きで夏狩が一体全体何を思っていたのか。それを今聞けなかったら多分夜も眠れない気がしたので、食い気味に質問してみることにした。


「件の冬狼ふゆがみさんと放課後の食べ歩きをしに行ったんですよ。楽しく会話ができた気がするんですけど、褒めることはできなくって……」

《どんまい。次がある》

「そうっすよね。また明日から頑張ります!」


 確かに一昨日に褒められることはなかったけれど、十分に楽しむことができた。ここ数年で一番といっても過言ではないほどに。

 ……けど、やっぱり夏狩がどう褒めようとしてたのか気になる! そして今の私は『先輩』という設定だから聞き放題っ! ふっふっふ、気が付かない夏狩が悪いんだよ〜。


《ちなみにどんなことを褒めようとしてたの》

「えっ?」


 被り物を被っているが、キラキラとした瞳が貫通しそうなほど期待の眼差しを夏狩に送る。

 まだかまだかとソワソワしながら待っていたのだが、夏狩はなぜかジーッと私のことを見つめてきていた。


《どうしたの?》

「先輩ってちょっと冬狼さんに似てるんですよね」

『っ!!?』


 あ、あばばばばばばばば!!!

 ば、バレてる!? いや、まだ似てるってだけだからまだ大丈夫だよね……。けど時間の問題じゃないのこれ!? はわわ……どうしよう……。


 あまりの動揺に震えが止まらなかったけれど、夏狩は気にせずに話を進めた。


「えーっと、そうですね……。とにかくいっぱいありましたよ」

《たとえば?》


 焦る気持ちはある。けれどそれ以上に聞けるもんは聞いておきたいという気持ちが勝っていた。

 目の前に美味しそうなお肉を出され、『待て』と言われて待つやつがいると思う? いいや、いない!!!(※駄犬)


「そうですねぇ……」

『(ふっふっふ。適当なことを思ってたら明日の学校でどうしてくれよ――)』

「まずやっぱり顔が可愛い。『狼女子』と言われているからガツガツ食べるかと思いきや一口一口が少なくて小動物みたいだった。姿勢すごい良い、爪綺麗、髪のメッシュがおしゃれ、他にも――」


 なっ、なななななな何を言ってんの!?!?

 か、可愛いって言われた……しかもお洒落で綺麗ですごく良い……!? 夏狩どんだけ私に夢中なの!!? うへへ……。


 今すぐにでも被り物がパージしそうだったが、なんとか耐える。だが、まだ何かを言おうとしていた夏狩にはあまりの恥ずかしさに耐えられなくなり、バシバシと背中を叩いてキャンセルさせた。


『〜〜っ!!!』

「え、ちょっと、まだ途中なんですけど。なんで叩いてくるんですか!? 怖いっすよ!!」


 そんなに私のことを思っていてくれたのは単純に嬉しく思えた。けれど、それを直接言ってくれないことに少しムッとしてしまう。


『(こうなったら明日、今言ったのを全部直接伝えてもらおう!)』



###



 そう意気込み、翌日の月曜日に夏狩と話そうとしたのだが……。


「おはよう、冬狼さん」

「お、お、おは……ょぅ……」


 いざ夏狩と顔を合わすと、昨日の言葉が一言一句フラッシュバックして恥ずかしくなってしまい、うまく会話できる気がしない。

 顔は見せられないほど赤い気がするし、ひねり出した声も消え入りそうなほどだ。


「(うぅ……! けど、夏狩ら私を食べ歩きに誘ってくれたんだし、それに比べればこんなこと容易いでしょ!! 頑張れ私っ!!)」


 挨拶以降に会話をしていない無言が続いていたが、ついに実行することにした。できるだけ自然に爪を見せるようにいじり始める。

 昨日爪切ってきたし、爪を磨いてうやむやにするやつもお姉ちゃんから借りて使ったし……完璧!


「…………」

「(な、なんで褒めずにずっと見つめてくるの!? なんか前にもこんなにもなかったような……。じゃ、じゃあ諦めて次!!)」


 私はバッグの中から菓子パンを取り出し、姿勢を正したあとにそれを食べ始めた。そして、ついでに自分のメッシュを指でくるくるも巻き始める。


「(今日はこれをするために朝ごはんを抜いてきた! 途中で餓死しそうだったけど……。ふっふっふ、さぁ夏狩! 存分に私を褒めていいんだよっ!!)」

「…………」


 相変わらず私のことをジーーッと見つめ、少し経ったら腕を組んで唸り始めていた。


「(な、なんで褒めないの〜〜っ!!? バイト中の夏狩助けてーー!!!)」


 心の中で私はバイト中の素直な夏狩に助けを求めるのであった。

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バイト先の着ぐるみ先輩に学園一可愛い狼女子を褒めちぎる話をした結果、なぜか日に日に狼女子が挙動不審になってゆく 海夏世もみじ @Fut1

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