内なる声に耳を澄ませて

白鷺(楓賢)

承認欲求との対峙

晴れ渡る青空の下、静かな田舎町に住む青年、直人はいつも心にモヤモヤを抱えていた。彼は27歳、大学を卒業してから地元の小さな企業で働いている。周りからは「真面目で頼りになる」と評価されていたが、直人自身はどこか物足りなさを感じていた。


直人は、幼い頃から承認欲求に囚われていた。周囲の期待に応えようとするあまり、自分の本当の気持ちを見失っていたのだ。親からの「いい子でいなさい」というプレッシャー、学校での「成績優秀であれ」という期待、職場での「仕事ができる人であれ」という評価。そのすべてが彼を縛りつけていた。


ある日、直人はふとしたきっかけでSNSを始めた。自分の生活や趣味を投稿し、他人からの「いいね!」やコメントをもらうことに喜びを感じた。しかし、次第にその喜びは薄れ、逆に「いいね!」の数に一喜一憂するようになった。彼はいつしか、自分の本当の姿ではなく、他人が喜ぶような自分を演じることに夢中になっていた。


ある晩、直人は職場の先輩、真奈美さんと飲みに行く機会があった。真奈美さんは直人の憧れの人であり、いつも自分に正直に生きているように見えた。飲みながら、直人は自分の悩みを打ち明けた。


「僕はいつも他人の評価ばかり気にして、自分が本当に何をしたいのか分からなくなっているんです。SNSでも、いいねの数に振り回されて、本当の自分を見失っている気がします。」


真奈美さんは静かに聞いていたが、やがて口を開いた。


「直人くん、私もかつては同じように悩んでいたわ。でも、ある日気づいたの。自分が本当に何をしたいのかを知るためには、他人の声じゃなく、自分の心の声に耳を澄ませることが大切だって。」


その言葉に直人はハッとした。自分の心の声とは何だろう?それを知るためにはどうすればいいのか?


真奈美さんは続けた。「まずは、SNSから少し距離を置いてみるといいわ。自分が本当に好きなこと、やりたいことを見つけるためにね。」


直人はその夜、自分の部屋に帰ると、SNSのアカウントを一時的に停止することにした。そして、ノートを取り出し、自分が本当に好きなこと、やりたいことを書き出してみることにした。


それから数週間、直人は毎晩のようにノートに自分の気持ちを書き留めた。好きな映画、読んでみたい本、行きたい場所、やりたいこと。それらを書いていくうちに、少しずつ自分の心の声が聞こえるようになってきた。


ある日、直人はふとしたきっかけで、子供の頃に夢中になっていた絵を描くことを思い出した。彼は絵を描くことが大好きで、時間を忘れて没頭していた。しかし、大人になるにつれて、それが次第に遠ざかってしまったのだ。


直人は久しぶりに画材を取り出し、絵を描き始めた。最初はぎこちなかったが、次第に感覚が戻ってきた。絵を描いているとき、自分が本当に自由でいられることに気づいた。誰かの評価を気にせず、自分だけの世界に没頭できる喜びを感じた。


数ヶ月後、直人は小さな個展を開くことにした。自分の描いた絵を展示し、友人や家族を招いた。展示会の最後、真奈美さんが訪れ、直人にこう言った。


「直人くん、本当に素敵な絵ね。自分の心の声に従って描いたんでしょう?その絵には君の本当の気持ちが込められているのが分かるわ。」


直人は満面の笑みを浮かべ、うなずいた。自分の心の声に従い、他人の評価に振り回されない生き方を見つけたのだ。直人はこれからも、自分の心の声に耳を澄ませながら、自分らしい生き方を続けていくことを誓った。


そして、彼は再びSNSに戻ることはなかった。自分の生き方を見つけた彼には、もう他人の評価など必要なかったのだから。


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直人が自分の本当の気持ちに気づき、他人の評価に振り回されずに生きる姿を描いたこの物語は、私たちにとっても大切なメッセージを伝えている。自分の心の声に耳を澄ませ、他人の評価ではなく、自分自身を大切にすることの重要性を。

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内なる声に耳を澄ませて 白鷺(楓賢) @bosanezaki92

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