山中の廃校

速水静香

山中の廃校

 あの日は、夏の蒸し暑い夜でした。


 大学生だった私は、同じ大学の友人Aと肝試しをすることになりました。

 暇を持て余していた私たちには、肝試しは気分転換にぴったりだったのです。

 その場所は大学から車で30分くらいの山奥にある廃校でした。

 そこは地元では、心霊スポットとして有名でした。


 日が沈んだ後、私たちは廃校へ向かいました。

 私は運転手として、車を運転しました。

 助手席に友人Aを載せて、くねくねとした山道を進みました。

 周囲が森の中、車一台が通れる狭い山道。

 その山道の白いガードレールが車のヘッドライトに照らし出されていたのをよく覚えています。


 しばらく車を走らせると、廃校が見え始めました。

 夜は完全に暮れて、山の中の廃校の周囲には人工的な光はありませんでした。

 月明かりに照らされた木造の校舎は、遠くから見ても、どこか非日常的でした。


 車は廃校の校庭に止めました。

 エンジンを切った瞬間、すべての音が消えました。

 虫の音すら聞こえない場所で、どこか不思議な感じがしました。

 車から降りると、湿った土の匂いが鼻をつきました。

 田舎の匂い、と私は思いました。


 用意した懐中電灯やスマホを持って、私たちは木造校舎の中へと入っていきました。

 校舎の正面玄関の扉には、鍵がかかっていませんでした。

 友人と私は、扉を開けました。

 扉を開けると、校舎の昇降口でした。

 そこからは、もわっとした匂いや埃っぽい空気が漂ってきました。


 長年放置されていると、そういう風になるのかな?

 と、そのように私は解釈したことを覚えています。


 校舎の昇降口には、下駄箱が並んでいました。

 よく見ると、ある下駄箱の扉が少し開いていました。

 中には、女子生徒が履くような赤いラインの入った白い上履きが一足だけ残されていました。


 なぜ?


 私と友人は、それを見て顔を見合わせました。

 ここを廃校にしたとき、処分し忘れたのかな?

 勝手にそう都合よく解釈して、私たちはその時はそれ以上、考えませんでした。


 私たちは、昇降口から廊下へと進みました。


 そして、廊下の周囲にある教室を見ました。

 どの教室も廃墟であることを表すかのように、机と椅子が無造作に置かれていました。

 長年放置され、その後に整備などはまったくされていないようでした。


 私たちは3階に向かいました。

 階段を登っていきました。 

 3階の廊下は薄暗く、月明かりだけが窓から差し込んでいました。


「ここの教室、入ってみよう」


 Aが指さす先は、一番奥の教室でした。

 教室のプレートは掠れて文字が読めませんでしたが、一般的な教室のようでした。

 ドアを開けて教室に入りました。

 ほかの教室と同じように机や椅子が散乱するように置いてありました。

 しばらく、私と友人はその教室を見ていました。

 すると突然、背後でドアが動く音がしました。

 振り返ると教室のドアが閉まっていました。


「おい!ドアが勝手に閉まったぞ!」


 驚いたAはそう言って、ドアへと走りだしました。

 続いて私も、教室のドアへと近づきます。


「おい、ドアが開かない。手伝ってくれ。」


 Aはドアを開けようとしていました。

 開かないようです。


 私もAを手伝うことにしました。

 そして、二人がかりでドアを開けようとします。


 しかし、どんなに開けようと力を入れてもドアが開きませんでした。

 その時、教室の隅から音が聞こえました。

 ガタガタという何かが動くような音でした。

 同時に、手にしていた懐中電灯が突然、消えました。

 気が動転しましたが、何かが見えました。


 教室には、セーラー服を着た生徒がいました。

 月明かりに照らされて、その姿がはっきりと見えました。


 おかっぱ頭の女子生徒。

 死体のように真っ白な顔に、死んだような目。

 

「私を見つけたの?」


 少女の声が響きました。

 その声は、どこか冷たく虚ろなものでした。

 少女はゆっくりと近づいてきました。


 あまりのことに、私は動くことができませんでした。


 その時、Aが悲鳴を上げました。

 その声で我に返った私は、一目散にドアへ向かって走りました。

 ドアを引くと、先ほどまでビクともしなかったのがウソのように、ドアが開きました。

 これで教室から出られる!

 

 私たちは必死に、その場から逃げ出しました。


 階段を駆け下りる間も、後ろから誰かに追いかけられているような気がして仕方ありません。

 そのまま校舎を出ると、車に飛び乗って、その場を去りました。


 私とAは、山中を車で進みながら、先ほどのことを話していました。

 心霊現象で間違いない。

 私とAは、徐々に落ち着くとともに、先ほどのことをまるで自分たちの武勇伝のごとく話し始めていました。


 そのまま順調に、車が山中を走っていました。

 私たちは、夜中の山道を歩いている女子生徒を見かけました。

 彼女はセーラー服を着ていました。

 一瞬、先ほどの廃校で見たものを連想してドキリとしました。

 しかし、冷静になって確認すると、その道を歩いている彼女は、普通の女子生徒みたいでした。

 

 この時間に?

 この場所で?

 おかしいな。

 私は、そう思いました。


 放置しておくわけにもいかず、私は歩いている彼女のそばに、車を止めました。

 車から彼女へ、声を掛けました。


 すると、彼女は私たちに事情を話してきました。


 友達と一緒に廃校へ肝試しに行って、その友達を置いて一人で逃げてきた。

 要約すると、彼女の話はそういうことでした。


 私たちは顔を見合わせました。

 もしかしら、あの教室にいたのが彼女の友達だったのかもしれない。

 そう思った私たちは、彼女を車に乗せて廃校へと引き返すことにしました。


 彼女は、車の後部座席に乗っていました。

 そして、ぽつりぽつりと話をしてきました。

 彼女は、この町に住む女子中学生で、同じ学校の友達と一緒に歩いて肝試しに行ったらしいのです。


「この山道を歩いて?」


 私は、疑うかのように彼女にそう聞きました。


 しかし、彼女らは間違いなく

 この山道を歩いたそうです。


 そんな話をしていると、廃校が見えてきました。

 私は、廃校の校庭へと車を走らせました。


 そして、廃校に到着すると、私たちは車を降りることにしました。

 たしか、私が後部座席へ声を掛けようとしたときでした。


 先ほどまでに後部座席にいたはずの女子生徒の姿が、忽然と消えていました。


 先に車から出たのかな?

 いや、それは不可能だ。

 今の今まで、車は動いていたのだから。

 それに車のドアが開いたら、車内の室内灯が点灯するはずです。

 でも、そんなことはありませんでした。

 どうやって彼女は車から出たのか?


「え?」


 私とAは顔を見合わせました。

 説明がつかないことが起こっていました。

 

 それから、無我夢中で車を走らせて廃校から逃げ帰ったのは、いうまでもありません。


 その夜以来、私たちは二度とその廃校に近づきませんでした。

 あの夜に起こったことはなんだったのでしょうか?

 私は今でも不思議に思っています。

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