第10話 一番価値のある花
こうして、機械大国ダルコニアとの戦争は終わった。
敵国ダルコニアはその後すべての兵器を失い、戦闘機ではなくなった、ただの飛行機に乗って逃げるように自らの故郷へと帰っていった。
重要な航空戦力をなくした彼らが今後どうなるか分からないが、それは過去の行動次第で決まるだろう。
案外、エレース王国に攻めてきた兵士が反乱を起こすのかもしれない。
「……まあ、あの国のことを私が考えても仕方ないですね」
シトラは花売り店カルステアの店頭に立ち、そう呟きながら腕を頭上に伸ばした。
そうそう。戦争から避難しようとした人たちは、みんなとっくに帰ってきている。パトラおばさんも今は元気に野菜売り店を再開して、すぐ隣でお客さんを呼び込んでいる。
「いらっしゃい! 今日は野菜の大セールだよ! みんな買ってきな!」
「おおーい! こっちは今だけ無料だぞ! 好きなだけ持ってきな!」
魚屋ロイも相変わらず釣りに行っているらしく、音に驚いて気絶した魚が海で大量に浮いていたと大喜びしていた。
今は、パトラおばさんに負けじと声を張り上げている。
ちなみに、あれからシトラも魔力量が多少増えたため、今後の花の研究を楽しみにしている。
そんな戦勝ムード一色に染まるエレース王国だが、死者が出なかったとはいえ、王国としては完全に無傷とはいかなかった。
船はあらかじめ避難させていたが、すっかり漁港は大破して、建て直すのに相当な時間が掛かるそうだ。
そのためか、戦勝パレードは被害の確認が終わってからになるらしい。
とはいえ、シトラに出る気はないので関係もないのだが。
そう思いながらシトラは、ふと活気が溢れる市場を眺めてふっと笑みをこぼす。
「……それにしても、アルトさんは元気ですかね。今回の褒美として継承権の放棄を望んだみたいですけど……」
どうしてそんなことをしたのか、いまだに誰も分かっていない。
街の女性たちの間では、自分の想い人のためだとウワサされているようだが……。
「……それが私のため、というのはさすがに考えすぎでしょうね」
シトラがクスッと苦笑すると、やってきたお客さんに明るく声を掛けた。
「……いらっしゃいませ! 今日はお買い得ですよ!」
夕暮れの市場。
赤レンガの広い道路を、荒く息を切らして走る男性がいた。
人々はそんな彼の姿を見て、一瞬だけ怪訝そうな顔をしてから、口をポカンと開けて驚いている。
しかし、市場で見回りをしていた騎士団や体格のいい男性たちは、ふっと嬉しそうな笑みをこぼした。
やがて彼は市場を進み、とある花屋の前で立ち止まる。
そして迷いのない足取りで、花屋の店内に入った。
「……っ! い、いらっしゃいませ! 何をお探しでしょうか、アルトリオ第二王子殿下」
酷く動揺した表情で、花売り店を営むシトラ・カルステアが来店した彼──アルトに丁寧な言葉で問いかける。
シトラが以前と態度を一転させたのには、彼女が王族であるアルトへの気持ちに区切りを付けて、決別したことの現れでもあった。
アルトはそんな彼女の口調にわずかな動揺を見せたが、いつになく真剣な表情で告げる。
「──このお店で、一番価値のある花をください」
シトラは少し怪訝そうに首を傾げて、困った表情をしながらも厳かにお辞儀をした。
「かしこまりました。では、金色のバラなどはいかがでしょうか?」
「いいや、そうじゃない」
シトラの提案に対し、アルトは即座に首を横に振る。
「で、では──」
慌てて他の案を出そうとするシトラだが、アルトはそれを聞く前に手のひらで制止してしまった。
「違うんだ。そうじゃないんだよ、シトラさん」
そう言ってアルトは再び首を横に振り、言葉を続けた。
「僕にとって一番価値のある花とは、シトラさん。キミのことなんだよ」
「え……?」
その言葉に、シトラは呆然として固まってしまう。
アルトはそんな彼女の表情にクスッと笑い、その場に片膝を付いてシトラに右手を差し出して、こう言った。
──どうか、僕と結婚してくれませんか? と。
シトラは驚きに目を見開いて、それから。
我慢できなくなったように口元を緩めて、幸せな笑顔で言葉を返した。
「はい! よろしくお願いします、アルトさん!」
評価や感想等、よかったらお願いします!
最後まで読んでいただいて、ありがとうございました!
誰も死なない花の戦場 〜花売り少女と幸せの魔法〜 平川 蓮 @rem0807
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます