第9話 誰も死なない花の戦場
「え……ロイさん⁉︎ 何やってるんですか⁉︎」
そしてアルトがすかさず反撃に映ろうとする中、シトラは驚愕で叫んでしまった。
しかし、それも束の間。
「そんなものに手こずるな! もっと威力のある砲弾を使え!」
いつまでも結界が破れないことに業を煮やした敵国の司令官が、さらなる強力な砲撃を放つように全軍へと命令を下したのだ。
「まずい、これ以上は結界が保たんぞ!」
騎士ダルクが叫び、それでもロイのために結界を固くする。
「そん時ゃ、そん時よ! 俺ぁ、逃げねえからな!」
「くっ……まったく、あのバカ者め!」
きっともう、ロイは逃げないだろう。
そして騎士ダルクも、結界を解かない。
だから、ロイの逃げ道はとっくに消えている。
それを察したアルトが反撃をする前に中止し、炎の魔法で迎撃しようとした。
「ならば、僕が止めてくれよう! 誰一人、我が王国の民を死なせてなるものか!」
しかし間に合わず、砲撃の後ろを通過していく。
ついにロイの元に迫り、結界に着弾した。
「ぐぐっ! ……死なせて、なるものかぁ!」
獅子のような雄叫びを上げて、騎士ダルクが砲撃を防ぐ。
しかし──
「……っ!」
シトラは、息を呑んだ。
なぜなら、騎士ダルクの守りの結界が消え失せたから。
なぜなら、次なる無数の砲撃がすでに準備されていたから。
敗北の二文字が、シトラの頭をよぎる。……いや、シトラだけではない。
エレース王国の騎士団、そして平民の義勇兵の全員から、恐怖の感情が見えた。
いかに貴族とはいえ、全員が戦いの役に立つ魔法を持っているわけではないし、アルトほど強いわけでもない。ましてや敵が空を飛んでいれば、そこに攻撃を命中させられる者などわずかだろう。
だから、誰もロイを助けられない。誰も助からない。
シトラは、そう理解した。
この戦場にいた全員が、生き延びることを諦めた。
……そう。ただ一人を除いて。
「まだだ! 諦めるな、前を向け! 我らの後ろに誰がいるのか、忘れたのか⁉︎」
アルトリオ・エレースだけが、唯一諦めていなかったのだ。
そして、シトラはその勇気がどこから来るものなのか、誰よりも知っていた。
だから、もう一度前を向く。
必死になって思考を回す。
そして、ただのアルトと目が合った。とうとう覚悟を決めてしまったような、力強くて優しい瞳をしていた。
「……待ってください、アルトさん」
シトラの口から、かすれた声が漏れる。
今になって、後悔したのだ。同時に、理解したのだ。
アルトリオ・エレースが、まだ本気を出せていなかったことに。
これから始まるのは、きっと──アルトが最も恐れていた惨劇なのだろう。
だから、それを止めるために。
シトラ・カルステアは、両手を胸の前へと伸ばしていく。
自分に何もできないことは知っている。
勇気はなく、魔力も足りない。
けれど、優しいアルトに悲しんで欲しくはなかったから。
両手に魔力をかき集めて、祈りを込めて、願いを持って。
シトラが唯一使える、最高の魔法を発動した。
「── あの砲弾のすべてに、私の花を咲かせてください!」
そう叫ぶと、到底足りるはずのない魔力が、シトラの手のひらへと溢れんばかりに込められていく。
そして。
砲弾から、色とりどりの花が咲く。
数秒前までは、この世に存在しなかった、幻の花が咲く。
火薬を肥料として生まれ、鉄を食い破って、形すら様々な花が咲く。
大勢の人々の命を奪いうる力を持っていたはずの砲弾は、すべてが瞬く間に海の中へと落下した。
戦場が沈黙に包まれて、やがて衝撃が広がっていく。
けれど、当の本人であるシトラにも何が起こったのか分からず、呆然と自分の手のひらを見つめた。
するとふいに、アルトがシトラを見つめていることに気付く。
シトラがきょとんと小首を傾げると、アルトは自分の首から下げていた赤い宝石のペンダントを持って揺らした。
「……あっ!」
それを見て、シトラは思わず声を上げてしまった。
アルトが手元に持つ赤い宝石が、眩い光を放っていたのだ。
いまだシトラにもすべてを理解しきれてはいなかったが、ふと昔にシスターから聞いた話を思い出す。
それは、魔法とは女神様に祈りを捧げることによって授かるものであるという話だ。
そして、あまり知られていないが、すべての妖精は女神様の眷属という説があるらしい。
だからこそ、祈りは届く。願いは叶う。
赤い妖精からもらった、赤い宝石を通して。
シトラ・カルステアが使った、『
この魔法はその名の通りに、本来はシトラが望んだ、ありとあらゆる場所に花を咲かせることができる。
その対象は、たとえ漁港に迫る砲弾であろうと例外ではない。
しかし、シトラの魔力量は平均以下だ。
とてもではないが、無数の砲弾を無力化できるわけがなかった。
「……シトラさん」
そんなシトラの疑問に対して、最前線から歩いてきたアルトが答えてくれた。
「この赤い宝石が、僕とシトラさんの魔力と……魔法も共有してるみたいだ」
「……えっ?」
つまりは、そういうことだったのだ。
その事実を聞いて、シトラはハッとした。
「じゃ、じゃあ、アルトさんの魔力量は大丈夫なんですか⁉︎」
「ああ、僕の魔力は今までになくなったことがないんだよ」
慌てるシトラにあっけらかんと言い放ち、アルトは悪戯っぽい笑みを見せた。
「ええ……」
「まあ、だからこの戦場全部を包んでも余ると思うよ?」
そんなアルトに、シトラはクスッと笑みをこぼして呆れてしまった。
「もう、まったく……アルトさんは凄いですね。ホントに」
「おや、皮肉かい?」
「まさか。心の底から褒めてますよ、私」
戦場には似合わない、二人分の笑い声が響く。
今、この戦場を支配しているのは、シトラとアルトの二人であるからだ。
ついさっきまで圧倒的な力を見せていたはずの敵国が、たった二人の力に戦慄しているからだ。だから──
「そろそろ終わらせましょうか、アルトさん」
「ああ、そうしよう。この状態もいつまで続くか分からないからね」
そう言ってまた笑い合うと。
肩が触れるほど近くで横並びになって、シトラは左手を、アルトは右手を。
それぞれ黒い戦闘機に向けて、真っ直ぐに伸ばす。
せーので息を合わせたみたいに、二人で声を重ねた。
──この戦場にあるすべての兵器に、花を咲かせてください、と。
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