第8話 少女の謝罪と祈り、そして開戦
「それで、シトラさん。僕に謝ることってなんだい?」
最前線のテントで騎士に囲まれたまま、アルトは椅子に座ってシトラと向かい合い、問いかけてきた。
さすが王族と言うべきか、この圧迫感のある状況にも慣れているようだ。
「その……教会で私、アルトさんに色々言ったじゃないですか」
「ああ、そうだね」
「私の言葉が結果的に、アルトさんに辛い決断をさせることになりました。だからせめて、謝らなきゃと思って来たんです」
シトラが真剣に言うと、アルトは少し間を空けて口を開いた。
「……シトラさんは、あの言葉が間違っていたと思ってるのかい?」
「いいえ。そうじゃありません。ただ……」
「ただ?」
シトラは、チラリとアルトの手のひらを見て続ける。
「アルトさんの手が、震えてるから」
「…………」
目を見開いて驚愕するアルトに、シトラは苦笑を返した。
「それに、あなたは見知らぬ誰かをびしょ濡れになって助けられるような優しい人です。なのに、私はその優しさを曲げるようなことを言ってしまいました」
「……だから、後悔してるんだね」
「……はい」
シトラは、そのまま俯いてしまう。
するとアルトがふっと笑う声がして、顔を上げた。
「……やっぱりキミは、優しい人だよ。シトラさん」
「え? いえ、私はそんな……」
「優しいよ。もの凄く、ね。じゃなきゃ、僕の手が震えてることなんて気付かないさ」
アルトはシトラに気付かれたことが心底嬉しそうな顔をして、穏やかな声で続けた。
「こんなことを僕が言うのは、卑怯なことだけど。……でも、ありがとう。キミのような人がいるから、僕は戦おうと思ったんだ。守りたいと心から思えたんだよ」
そんなアルトの声で、言葉で。
シトラはもう、完全に理解してしまった。
「…………止めても、無駄なんですね」
「ああ。なにせ、僕はこれでも魔法師団の団長だからね」
シトラが諦めて笑顔を向けると、アルトは得意げにウインクをする。
「……やっぱり心配です。私も戦えたらよかったんですが、魔力量が少ないので、足手まといになっちゃいます」
「シトラさん……」
アルトは、シトラが無理して笑っていることに気付いたようだ。
けれど、何も言えない。
それが酷くもどかしそうで、胸の内が苦しかった。
「……殿下、そろそろ時間です。シトラ殿、どうかこれ以上は……」
騎士ダルクから丁寧に頭を下げながら言われ、シトラはコクリと頷く。
「分かりました。では、最後にもう一つだけ。……アルトさん、あの赤い宝石を持っていますか?」
「え? ああ、いちおう持ってるが……」
突然のことにアルトが戸惑ったよう顔をしながら、ポケットを探り始めた。
シトラは手のひらを広げて出し、アルトにお願いをする。
「少しだけ貸してもらえませんか? 私の魔法でペンダントにしますから」
「……そうだね。じゃあ、よろしく頼むよ」
アルトから赤い宝石を受け取ると、シトラは目を瞑って魔法を使った。
心からの祈りを捧げて、淡く儚い想いも込めて。
いつもより多くの魔力を使い、赤い宝石にアサガオのツルを巻き付ける。首に掛けるツルは丈夫に作って、赤い宝石の先端には青いアサガオの花を咲かせた。
「よしっ、今日はいつもより調子がいいですね。……どうぞ、アルトさん。これならかなり長い間、ペンダントとして保てますから」
「……ありがとう、シトラさん。キミも、この街も、僕がきっと守ってみせるよ」
シトラが渡したペンダントを軽く握りながら胸の前に持っていき、アルトは笑った。
しかし、シトラはゆっくりと首を横に振る。
「いいえ。それよりも、私はあなたに生きて帰ってきて欲しいです。みっともなくても構いません。……ただ、あなたの無事を祈っています」
「…………そうか。じゃあ、最大限努力することをキミに約束しよう」
アルトは少し困ったような顔をして苦笑すると、シトラの渡したペンダントを自分の首に掛けた。
「……では、私はそろそろ行きますね」
シトラはそう言って立ち上がり、テントを出ようとした。
その瞬間。
水平線の向こうから爆音が轟き、ビリビリとした空気の振動が肌に伝わる。
「全員伏せろ! 敵の攻撃が来るぞ! 騎士ダルクは今すぐ結界を張れ!」
「了解!」
騎士の怒号が飛んで、シトラはアルトによって地面に押さえられた。
周囲は一瞬のうちに緊迫感が漂って、騎士ダルクが叫びを上げる。
「『守りの結界』発動!」
その直後、結界に敵の攻撃が当たった音が響き、騎士ダルクが顔をしかめた。
「ぐっ! ……アルトリオ殿下! 想像以上に強力な攻撃です! このまま広範囲に張っていると、長くは保ちません!」
「分かってる! すぐに僕が攻撃を弾こう! ……シトラさん! キミはその間に、後方部隊と合流してくれ!」
「はい! アルトさん、あなたを信じます!」
シトラが迷いなく答えると、外に飛び出していくアルトは振り返って口角を上げた。
「ハッ! そりゃあ、期待が重いね! ならば僕は、キミの信頼に答えるとしよう!」
シトラ・カルステアと違い、アルトリオ・エレースは本来守られるべき王族でありながら、若くして魔法師団の団長に選ばれている。
その実力が伊達ではないことを示すかのように、アルトは敵の放った数多の砲撃、そのすべてを炎の魔法によって空中で爆発させた。
「す、凄い……!」
シトラは走りながら後ろを振り向き、アルトの強さに感嘆の声を漏らす。
大空を埋め尽くすような黒い戦闘機を前にして、誰一人として一歩も引かず、譲らない。
「……でも、このままじゃ……」
そう。これでも、まだ足りていないのだ。
なぜなら、アルトが砲弾の迎撃に回っていて反撃ができないから。
「おおーい、そこのお前! こっちだ、こっち! 俺だけに結界を張れ! 今から魔法で攻撃を引き寄せる!」
「何っ? お前は何者だ⁉︎」
騎士ダルクが怪訝そうに叫ぶが、シトラはその声に聞き覚えがあった。
「俺か⁉︎ 俺は魚屋のロイ! 魔法は『釣りたいものを釣れる魔法』だ!」
「むむ……了解した! 全員、魚屋ロイから離れろ!」
騎士ダルクはロイの魔法を聞いて即座に判断し、守りの結界を張り直す。
「え……ロイさん⁉︎ 何やってるんですか⁉︎」
そしてアルトがすかさず反撃に映ろうとする中、シトラは驚愕で叫んでしまった。
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