第44話 新しい婚約者が最高すぎた


「結城坂様、もう少しお休みくださいな」

「ありがとうございます。お言葉に甘えます」

 

 自分が思っているよりも、精神干渉の影響が残っている。

 目を閉じたらすぐに眠気が襲ってきた。

 重い、重い深い眠り。

 なんだか、前世の、俺の死の瞬間のようだ。

 ああ、そうか。

 やたらと体が重いのは――俺が火で死んだからか。

 食猿を燃やした赤い炎。

 俺を殺した火。

 でも、滉雅さんが放った火は……綺麗だったな。

 下から延びる豆の蔦が、俺の体を掴んで引き寄せようとする。

 これ……界寄豆かいきとう

 前世の俺の魂を絡めてこの世界に引き寄せたのは――こいつだったのか!

 

『放せ……っ』

 

 でも、死んだ時とは違う。

 自分の力で振り払える。

 いったいどういうつもりなんだ、この……豆の木!

 しつこくてキモい!

 べしべし殴り続けるとゆっくり蔦先が下に引いていく。

 薄い湖のような場所に蔦が沈んでいくかと思えば、水面に戻ろうとした蔦は黒いきりのようになって風に乗ってどこかへ飛んでいってしまった。

 ああ……これが、そう、なのか。

 この水面が、百結界。

 結界からはみ出た分は百結界に阻まれて瘴気になる。

 瘴気は風に乗って結界から引き剥がされ、風の集まるところで禍妖かようになり、百結界を破壊して界寄豆かいきとうを助けようとするとか。

 ……全部本当のことだったんだな。

 異世界から俺の魂を引き摺り込んで、“養分”にしようとしていたんだ。

 結界に封じ込められながら千年間、枯れることなくながらえてきやがったのは、蔦を百結界から出して異世界から死んだ人間の魂を吸収していたからか!

 きっっっしょ……!!

 俺は、なんの偶然かあの蔦から逃れられたのか。

 そしてこの世界――万星バンセイ天道国てんどうこく、結城坂家に結城坂舞として生まれてきた。

 こんな場所で、今更自分の転生した理由を知ることになるなんて。


『待てよ? つまり、このクソ豆が他の異世界から魂を攫ってこれなくすれば、このクソ豆を枯らせることができるってことじゃね?』


 外からの“栄養”を完全に遮断できたなら、千年伐採することができなかった界寄豆かいきとうを、倒すことができるんじゃないか?


「っ!」

「痛ッッッッ!?」

「でええぇえぇえ!?」


 天井! 覚醒!

 勢いよく起き上がるとデコがなにかにぶつかって再び布団の上に沈む。

 いっっっ。

 痛いッッッてえええ〜〜〜〜〜〜〜!?


「……元気そうだな」

「こ、滉雅さん!?」


 俺のことを覗き込んでいたのは滉雅さんだったらしい。

 滉雅さんもおでこを押さえながら涙目。

 俺もおでこを押さえながら涙目。

 二人しておでこを押さえて涙目になるという残念な光景。


「あれ、なんで滉雅さんがここに……? あれ?」


 あたりを見回すと、布団はほとんど片付けられていた。

 他にも、扉の入り口にあった長机やビュッフェ形式の食糧も。

 撤収作業が進んでいる?


「結界補修が終わったので、町に帰る」

「そうなのですね。起きます」

「ああ」


 相変わらず最低限のことしか話さない人だが、無事に終わったならよかった。

 ちらりと白窪が眠っていた場所を見ると、すでにそこは片付けられている。

 先に運ばれていった?

 俺も布団を畳み、使用人の人が慌てて「我々がやりますので」と言うので後のことはお任せする。

 滉雅さんの後ろについて玄関に向かい、表に出ると相乗り馬車の周りに禍妖かよう討伐部隊の人たちが馬に乗って待っていたのには驚いた。

 そ、壮観……!


「松嵐号だ」

「へ? あ、ああ……ええ? す、すごく大きいですね……!?」

「俺がでかいからな」


 松嵐号まつあらしごうという黒い毛並みの馬を突然紹介された。

 どうやら滉雅さんの馬らしい。

 え? でかくね? マジで。

 他の隊員の人たちが乗っている馬より一回りくらいでかいよ?


「送る」

「へぇあ!?」


 突然膝下に手を入れられ抱えられ、その松嵐号に乗せられる。

 動きやすい格好できているとはいえ、跨がったら俺の股が避けそうなでかさなので横向きに乗せられた。

 俺のことを覆うように後ろに跨った滉雅さんが、綱を軽く叩きつけると松嵐号が顔の向きを変えて馬車の進路方向と同じ方角を向く。

 え? え? え? え? ちょ、ちょちょちょ……!?

 近い近い近い! 胸板厚い……!


「お、え、送るって、このまま……!?」

「乗り合い馬車には乗せられそうにない」

「え」


 と、乗り合い馬車をよくよく見てみると、二台あるうちの一台には、簀巻すまきにされた白窪が……。

 あ、ああ……なる、ほど……?

 いや、なにがなるほどやねんって話だけど。

 簀巻場所取りすぎでしょ。

 確かにあそこには乗りたくねぇ〜。

 しかも、白窪の口には布が詰められている。

 目が覚めても喋らせない処置。

 いや、まあ、その……こんなこと言うのもアレだけど……草。


「結城坂舞さんですか? 隊長の婚約者の」

「へ? あ、は、はい」

「初めまして。伊藤忠晴いとうただはると申します。いつも母がお世話になっております」

「あ! 伊藤さんの……息子さん……!」

「はい! 差し入れいつも本当に助かっています! 今回も結城坂さんのおはぎのおかげで、身体能力強化術が強化できていつも以上に働けました! 本当にありがとうございます!」

「「「ありがとうございます!」」」

「!?」


 うおー、伊藤さんの息子さんもイケメンじゃねぇーか、とか思っていたら、周りにいた馬に乗っている隊員たちが、声を揃えて頭を下げる。

 あまりの声量にびっくりしすぎて松嵐号から落ちるかと思った。


「え、ええと……お、お粗末様です……?」

「重箱はこのまま自分がお屋敷までお持ちしますね」

「え! あ、ふ、副隊長様……! そんな、自分で持ちます……!」

「いえいえ、このくらいさせてください。食猿を相手に死人を一人も出さずに滉雅だけで勝てたのは、舞殿のおはぎのおかげですから」


 俺のおはぎそんなパワー持ってたん……!?


「結界の補修も無事に終わり、強敵であった食猿をも撃破できるほどに霊力を補充させていただけたのも舞殿の功績なのです。その顔は自覚がなさそうですけれど」

「ギクッ」

「これから少しずつ自覚していけばよろしいかと」


 え……ええ〜?

 俺の霊力量って自覚が必要なレベルなの……!?

 副隊長さんには笑顔でそんなことを言われつつ、俺ってもしかして結構……異質?

 ちょっと落ち込むんだけど。


「今回も百鬼夜行が起こらなかったのは幸いしました」

「そうだね。まあ、舞殿の差し入れがあれば百鬼夜行もなんとかなりそうだったしね」

「秋の四季結界補修の時もぜひよろしくお願いします!」

「おい」


 なにやら調子に乗った伊藤さんの息子さんと副隊長さんを、滉雅さんが嗜める。

 いやいや、まあ、差し入れ作るくらい俺はなんも負担じゃないしね。

 あ、そうだ。

 家に帰ったら……滉雅さんに界寄豆かいきとうのこと相談してみようかな。

 そんなことを考えながら、見上げてみる。

 少し呆れた表情の滉雅さんが、副隊長たちを見て溜息を吐いていた。

 そんな憂いの表情もカッコよ………………ん?


「まだ眠いのなら寝ていてもいいが?」

「だ、大丈夫でーす」


 見ていたのがバレた。

 慌てて顔を背けるが、なんかこう、いよいよ……自覚してしまう。

 前世の漫画で「こんな横取り女いるわけないじゃん」と笑っていた俺は、転生先で横取り女の被害に遭ったけど、新しい婚約者が最高すぎて……どうやら心まで女にされてしまったらしい。

 要するに…………………………惚れた、っぽい。ハイ。

 

 

 

 

 終


◇◆◇◆◇



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「こんな横取り女いるわけないじゃん」と笑っていた俺、転生先で横取り女の被害に遭ったけど、新しい婚約者が最高すぎた。 古森きり@『不遇王子が冷酷復讐者』配信中 @komorhi

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