ご神木の言い伝え:木の実・百姓・記号による3段囃(所要時間1h30min)
この村には言い伝えがある。この村のご神木には人ならざる力がある。それは、実らせる木の実に人ならざる力があって、それを口にしたものの願いを叶えるだとかいう。
彼女はよく働く人だった。私と一緒で右腕に百姓を表す記号のある、労働者の身分の癖をして。私たちと一緒に働いて、安酒をふるまいながら商人への愚痴を言って。
彼女は輝いていた。さく、さくと畑に鍬を突き立てる、気の滅入るような作業の中で、私たちに話しかけては、私たちを鼓舞してくれた。
彼女は偉大な人だった。私たちの村があるのは彼女のおかげだろう。
けれどもそんな彼女にも、たった一つ尊敬できないところがある。
彼女は私たちを置いて出ていった。ただ私たちを残して消えてしまったのだ。
今、彼女はいない。私たちの村を支えてきた柱は、その遺体すら残さずに消えてしまったのだ。
私の親はどうしようもない人だった。村長だった祖父の資産を食いつぶして、ただでさえ貧しい村を、さらにやせ細らせてしまった。
私がどうにかしなければいけない。そうでなければこの村はつぶれてしまう。いつしか私はそう思うようになっていた。
私は女だ、だから確かに村長にはなれない。それならばどうする? 諦めておしまいというわけにはいかないだろう?
私は村のみんなを鼓舞した。豊作になれば、村のみんなの食が潤う。食が潤えば、きっとこの村はもっと良いものになる。
私はこの村の柱であろうとした。親がひそかに買いだめていた安酒をみんなにふるまいながら、それぞれが抱える不安を聞いて見せたりもした。
私がこの村の柱であろうと決意してから数年。少しこの立ち位置が板についてきたとき、最年長の遼太郎が面白おかしくうわさ話を語って見せた。この村のご神木には人ならざる力があると。それは、実らせる木の実に人ならざる力があって、それを口にしたものの願いを叶えるだとかいう。
それから数年して、ようやく村が食うに困らぬ程度になってきた。けれどもその年は異常に暑かった。
その翌年もその次の年も、凶作だった。
そんな時、ふとあの話を思い出した。今、目の前にある田んぼは干からびて、村唯一の甘未であったみかんの木も実もならずに、枯れている。藁にだって、縋りたかった。
その日はそのことが頭から離れなくて。次の日も、その次の日も、私はご神木の前に立っていた。私の家が持つ神社にそびえるご神木は、この凶作の中でもまだ青々と茂っていた。
神聖な土地に足を踏み入れる。罪悪感がないわけではない。何もなければそれでいい。けれども神様、今はあなたの力が必要なのです。
木の上から変わり果ててしまった村を見下ろす。木の実は確かに、ご神木に実っていた。
あぁ神様、これでどうか━━
そう願って、黄色く濁った実に口づけた。少し苦くて、甘ったるい。いやな酸っぱさが口の中を這いずり回った。
閉じていた目を開けば、消えていく私の目の前に私がいた。その奥に見える景色は、未だ荒れた村の姿のまま。その見た目は私が物心ついたころの村の姿に重なって見えた。
あぁ、私は何も残せなかったのだ。私も結局、あのどうしようもない親の娘でしかなかったのだ。そう後悔している間に、私の体はいつしか光の粒となり、空へ昇っていく。
この村のご神木には言い伝えがある。それは、実らせる木の実に人ならざる力があって、それを口にしたものの願いを叶えるだとかいう。確かに私は、ご神木から立ち上る光の嵐なら、見たことがある。
短編集という名の書き溜め。 三門兵装 @WGS所属 @sanmon-3
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