チートデイ

武江成緒

チートデイ




「あ、オニグチじゃーん。グーだね。グー


「なんなんそのデッカイ袋。わざわざセンター街まで行って、そんなに甘いもん買ってきたん」


「ヤバいよ。おまえ、そんなんだからデブるんじゃん」




 ああ、運がわるかった。

 駅の改札でて十分。家につくにはもう十分もいらなかったのに。

 よりによって、学校でいつもからんでくるこの三人に見つかるなんて。




「おまえ、ダイエットするってさあ、あんなドヤ顔でいってたのさあ、どうすんだよ」




 ダイエットするだなんて、学校じゃひとことだって言ってない。

 言えるわけがない。


 そう思ったら、ひとりがにんまり、ドヤ顔、ってやつを浮かべて、これ見よがしにスマホをこっちへ見せつけてきた。


 ――― なんでこいつら、どうやって、わたしのSNSのアカウントまで嗅ぎつけてんの。




“今度こそ、やり遂げるんだ。食事制限!!”


“目標の一か月まであと25日、すごいつらい……。

 食べないぶん、自分をギリギリけずってるような気がする”


“今日、ダイエット動画でみた! チートデイ、ってやつ!

 一日なら、思いっきり食べてもいいんだって!

 明日、さっそくやってみる!!”




 もう、それこそ思いっきり、SNSを日記がわりにしてきたマヌケな自分のクビを、食いやぶってやりたくなった。

 運がわるかったんじゃない。わるかったのは、わたしの頭と、こいつらの性根。

 たまたま出くわしたんじゃなくって、待ちかまえてたんだな、って。




「ほらほらさぁ、せっかくのチートデイじゃん。

 ここで思っきり食べてみなよ。見てたげるからぁ」


「つーかさぁ、三日目でもう“すごいつらい”とか。

 まじうけるぅ」




 このあたりは人通りがすくないし、だれか助けてくれる人がくるわけもない。

 こいつら避けて家まで帰れる道もない。

 くやしいけど、これからどれだけ“イジられる”のか考えるだけで怖いけど。

 こいつらの思いどおりにするしか考えつかなかった。


 もってた紙袋をあけて、中につめてたものをひとつ、取りだした。




「……なんなん、それ」




 袋からだしたものを見て、ひとりがヘンな声をだす。


 取りだしたのは、ひとことで言えば、人形だ。

 顔もない。髪の毛もない。服なんてもちろん着てない。

 胴体とアタマと手足。それだけが、うごく関節でつながってる。


 デッサン人形、っていう名前のやつだった。センター街の画材のお店で買ってきたやつ。

 見たり飾ったりするためじゃない、ただ絵の構図のモデルのためにポーズをとるだけ、そんなシンプルなモノだけど。




 だけど。

 何日かぶりに見る、この素朴な見かけだけで。

 口のなかに、じわり、とヨダレがわいてくるのを、もう、あたしは止められなくって。


 アタマからかぶりつく。香ばしい木のかおりが口いっぱいにひろがる。ヒヤッとするネジの味がさわやかで気持ちいい。半分たべられた人形のカッコがおマヌケでかわいくて、もっともっと食べたくなってもう半分はまるごと口へほりこんだ。二体、三体、食べれば食べるほどジワジワなにかがお腹へしみわたってく。次にかじったのはプラスチック製のやつだ。ネッチャリした感じ、甘くてちょっとだけ苦いのがチョコレートみたいで。ああもうやめられない。紙袋へもっと手をつっこむ。




 紙袋がからになって、やっと三人を思いだす。


 どうしたんだろ。三人とも、道路のうえにへたりこんで、青い顔してこっちを見てる。

 さっきまでとは似てもにつかない、そのマヌケなすがたが、人形にそっくりで。




 ぐぅぅぅ~~。




 満足してたおなかが、不満そうに動きはじめた。

 口のなかに、またヨダレがじんわりわいてくる。






《了》








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チートデイ 武江成緒 @kamorun2018

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